252 選別2
シュマとカスパールはレイジリー城にやってきていた。
アンリに命じられたのは民の選別。
基本的には「殺す」か「奴隷に落とす」か「ミキサーに入れる」かの三択ではあるが、もしかしたら生きたまま置いておいた方がいい人材がいるかもしれないので、見つけてきて欲しいというものだ。
「うふふ、聞こえなかったのかしら? もう一度言うわね、選別を始めます。選ばれなかった人は死んじゃうから、はりきってアピールしてね」
シュマが再度声をかけるが、広がるのは困惑ばかりだ。
流石に言葉が足りないと、カスパールは補足する。
「貴様らの主、イドゥールネス・レイジリーは、我らがエリュシオンの皇、アンリが討ち取った。本来なら連帯責任として全員地獄に堕ちてもらうところではあるが、我が君は慈悲に満ち溢れた聖人、いや、全能の神であるからの。貴様らにも最後のチャンスを与えてくださったというわけじゃ。さぁ、わしらに貴様らを処分するのは惜しいと思わせるよう、精々アピールしてみせよ。さぁさぁ、何も言わんということは、諦めて地獄を受け入れるということでよいか?」
カスパールの説明を聞いた民は呆けていた。
呪いが解けるという奇跡が起こったかと思えば、いきなり突拍子の無い話を聞かされ、理解できるキャパシティを超えたのだろう。
「はい! 私なら、確実にお役に立てます!」
それでも、事態を把握し対応出来る者は、少数ながら存在する。
大多数が困惑し行動できない中、イワンは勢いよく手を上げた。
これまでは掃除だけを任されており、何も考えることのない日々を過ごしていたイワンは、もっと別のやりがいある仕事に憧れていた。
今回が大きな好機と捉え、手を上げたのが一番ということだけでも、十分なアピールになると瞬時に判断したのだ。
その判断は、決して悪いものではない。
ただしそれには、一般的にはという枕詞がつく。
「うふふ、元気がいいわ、素敵。ねぇおじさん、あなたはどうやってエリュシオンの役に立てるの?」
シュマからの問いに、イワンは胸を張り大声で答える。
「絶対に役に立ってみせます! どうか、是非ご用命を!」
「本当? うふふ、頼もしいわ。こんなにやる気があるなら、何だって出来そうね。ねぇ先生、彼は合格にする? 」
喜ぶシュマの傍らで、カスパールは額に手を当てた。
「……あのなお主ら、ちゃんと会話をせんか。やる気だけで何かを達成できるなら、この世に魔法などいらんじゃろうが」
カスパールの言葉に、二人にはあまりピンときていないようだった。
「どうしたの先生? 彼はエリュシオンの役に立ってくれるらしいわよ?」
「役に立つかどうかはアンリが決める。今重要なのは、こやつがどうやってアンリの役に立つことができるかじゃ」
カスパールは一歩進み、イワンと対峙する。
「先ほどのシュマの問いを反復するぞ? お主はどうやってエリュシオンの、ひいてはアンリの役に立つことができる」
イワンには掃除以外に特技はない。
それしかやってこなかったのだから当然だ。
寝首を掻かれることを恐れたネスは、使用人達の全ての自由を奪っていた。
「ど、どんなお役にも立ってみせます! なんでもやります! やらせてください!」
そのため、アピールできることはやる気だけだった。
シュマは頼もしく思っているようだが、やる気のある無能を多く見てきたカスパールは、逆に警戒の視線を向ける。
「ほう? それは力強いな。であれば、今すぐ”傲慢の大罪人”を連れてこい。いや、討ち取ってこい。その後は、エリュシオンに背く輩を一人残らず駆逐せよ。この世界の全てをアンリに献上するのじゃ」
カスパールの無茶な要求に、イワンは何も言わず固まってしまう。
冗談をと笑おうとしたが、カスパールの真剣な表情を見て言葉が出てこなくなる。
「なんじゃ? なんでもは出来んのか? とんだ嘘つきじゃな。ふむ……ならばこれでどうじゃ? この世に存在する貧困を解決せよ。自然災害を失くして見せよ。エリュシオンでゼロカーボンを達成せよ。世界の全ての子供達へ、平等に教養を与えて見せよ」
「……かーぼん? え? あっ、はい! 頑張ります! やってみせます!」
イワンは思考を放棄した。
「ほぅ、頼んでもよいのか。ならば今すぐスケジュール感を教えろ。今年のマイルストーンを提示せよ。リソースはどの程度割くつもりじゃ」
今すぐ何かをしなければならないことは分かったが、何をしたらいいのか分からないイワンは立ち尽くす。
助けを求めて後ろを振り返るが、当然答えを知っている者などいない。
「はぁ……やる気も無くなってしまったようじゃな。仕方あるまい、次が最後の質問じゃ」
このままではまずい。
折角のチャンスが手から零れ落ちてしまう。
ここからの挽回方法など分からないイワンは、じんわりとした嫌な汗を流していた。
「アンリをどう思う。エリュシオンの皇アンリについて、思うところを述べよ」
その質問は、随分と毛色が違うものだった。
「…………は?」
先ほどまでの意味の分からない質問から随分と分かりやすいものになったものだと、イワンは拍子抜けした。
おべっかならいくらでも使える。
すぐにありふれた賛辞を述べようとしたが、顔を青くして咄嗟に口を塞ぐ。
(……いや、待て。これが正解なのか? さっきまではまるで理解できない質問だった。答えがこんな簡単なわけがない……)
イワンは久々に脳を酷使した。
(エリュシオンの皇は随分と若かった。声変わりもしていないひ弱な人間に、一体何が出来るだろうか。彼女の言葉を信じるならば、皇は大罪人であるネスを討ち取った。本当に? あんな若造が、これまで黙認されていたネスを討ち取ることが出来たのか? 出来るはずがない。だが、俺にかかった呪いが無くなっている……誰かしらが討伐したのは間違いない)
イワンの推測は、正解からどんどんとずれていく。
(誰だ? 誰がそんなことを……そ、そうか! いるのだ。エリュシオンに強大な存在が。怠惰の大罪人を討伐できる存在が。そしてそいつは、
ずれにずれたイワンの思考は加速していく。
普段できることは心の中で思い描くことだけだったからか、その妄想力のみは極端に育成されていた。
今では、イワンはアンリの裏に、強大な何かを感じていた。
悟られぬように周りの気配を感じれば、使用人達以外の視線も確かに感じる。
(誰かから見られている……? 一体なぜ……分かった! 今は敵の数が多いから、本当の王は行動に移せないんだ! だからこそ、今回のこの場があるんだ! これは、本当の王に対しての試験だったんだ!)
イワンは目の前に、輝く勝利の道が見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます