255 国の終わり

 国が燃えている。

 比喩ではなく、草木や建物、大地から河、人間や動物の死骸まで、目につく物すべてが燃えている。

 もしレイジリーという国に人格があるのであれば、まさに今、断末魔をあげているところだろう。


 実際には、何も悲鳴は聞こえない。

 全ての生物が既に息絶えているからだ。


「アンリも随分と酷いことをするネ」


 その光景を、オズは宙に浮き眺めている。

 糾弾しているような言葉ではあるが、実のところは対して気にも止めていない。


 勝てば官軍、負ければ賊軍。

 その言葉通り、戦争──実際には虐殺に近いが──に勝利したエリュシオンは他国から肯定され、戦争に敗北したレイジリー王国は非難された。


 アンリが公表したシナリオはこうだ。

 ”怠惰の大罪人”であるイドゥールネス・レイジリーは、その禁忌の能力を用い、多数の国から一方的に利益を搾取していた。

 魔法に覚えのあるエリュシオンの皇アンリは、詳細な方法は明かせないがイドゥールネスの討伐に成功する。


 そこまでは事実。そしてこれからが虚偽のものだ。


 心優しいエリュシオンの皇アンリは、イドゥールネスを討伐しレイジリーの国民に自由を掴ませたかった。

 唯一の王族であるイティールル・レイジリーが行方不明だったため、レイジリー王国が落ち着くまで可能な限り支援をすることを誓う。

 だが、当のレイジリー国民はそれを望んでいなかった。

 国民こそ、”怠惰”の恩恵を何より望んでいたのだ。

 他国からの甘い汁を享受していた国民たちは、イドゥールネスを討伐したアンリに激怒する。

 ”怠惰”の一番の被害者であると思っていた国民から裏切られたことにより、油断していたアンリは深く傷ついた。肉体的にも、精神的にも。

 勿論、ただの民に殺されるわけなどなかったアンリは怒り、甘い汁を啜る豚共を皆殺しにすることに決めた。


 大義名分を掲げ、エリュシオンは恩を仇で返したレイジリー王国に復讐した。

 一人残らず首を落とし、大陸全てに炎の魔法を放ち今に至る。


「いつだって歴史を作るのは勝った者さ。エリュシオンがそうだと言えば、皆の真実はそうなる。事実は私達だけが知っていればいい」


 オズの後ろから声が掛かる。

 だが、その姿が見えることはない。


「私が知る必要も無いと思うがネ? 藪蛇というやつダヨ、これは。できれば、アンリは敵にしたくないヨ」


「安心しろ。観測している限りでは、彼が君の敵になることはない。まぁ、索敵されないようマージンをとっての情報だから絶対ではないが」


「バレたら私達の首もここに並ぶのかネ? ふふ、怖い怖い。慎重にしておくれヨ? まぁ別に、敵になるなら仕方ないがネ。冒険者を助けるだけってのも、飽きてきたところだしネ」


 後にレイジリー王国を訪れた者は、皆が恐怖した。

 炎で焼けただれたとはいえ、大量の生首が至る所に転がっているのだ。

 全国民が殺されたのだと、十分に分かる証拠だった。

 阿鼻叫喚とした光景が無音の廃墟から感じ取れ、瓦礫から生じる隙間風が幾多の断末魔のように聞こえてくる。


死ノ神タナトス……その二つ名に偽りなし。ふふ、純粋なのダネ、彼は」


 オズからすれば、アンリの仕打ちは驚くほど慈悲に溢れたものだった。

 実際の戦場を回った時に見た光景はこんなものではない。

 普段は聖人と称された者でも、戦争では全員が悪鬼と化す。

 戦闘に敗れ白旗を上げた敵兵に、仲間を殺された鬱憤を晴らすため拷問した者など数が知れない。

 戦闘とはまるで無関係な民間人をゲーム感覚で狩り尽くした者もいた。

 女性の衣服を剥き欲望のままに乱暴するなど、自国の領土では絶対に行わないはずだ。それがこと戦場においては、仲間意識を醸成するための儀式になるのだから恐ろしい。


 全員一律に首を刎ねるというのは、オズの常識からすればズレている。

 主導者たるアンリの指示と、それを忠実に守った部下達に、尊敬に似た感情を持った。


 そのため、オズは他の者が目を背けていた地獄の中での違和感を直視する。


「ふむ、大量の首はあれど、その体はなし……」


「もしかしたら首から下だけ、かの国で働かされているのかもな」


「ふふ、まさか。面白いことを言うネ」


 見つかる焼死体は、全て首から上のみだ。

 姿を見せない男の推測は、あながち間違っているものではない。

 だが、まさか全ての元レイジリー国民が有効活用されているとは思えるわけもなく、アンリは自身の報酬を悟られることなく戦争を終えていた。

 この日を境に、エリュシオンに流通する奴隷の数はさらに大きなものとなる。


 ”怠惰の大罪人”ことイドゥールネス・レイジリーを討伐したエリュシオンは、他国から称賛された。

 同時に、レイジリー王国を文字通り潰したエリュシオンは、他国から強く警戒された。

 その上で、レイジリー王国の自業自得とはいえ、エリュシオンが鏖殺おうさつを実行し達成したことは、十分に恐怖を与えるものだった。


 他国への影響力強化。

 奴隷ではあるが人口数の増加。

 自国の軍事力確認。


 今回の戦争で、アンリは望んだものを全て手に入れた。

 犠牲となったのは1千万を超える数の未来だった。


 諸国の間では、しばらく次のようなことが噂された。


 エリュシオンに恩を売られたら、命を獲られる前に物を差し出せ。

 何でもいい。命以外の物を差し出せ。


 アンリに獲られるのは、ではなくなのだと知る者はいなかった。




★★後書き★★

以上で9章が完結しました。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。

更新ペースが落ちておりご不都合をおかけしますが、引き続き応援いただけるとありがたいです。

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