250 判断3
「待った!」
カスパールが未来へと旅立つと決め、意識が沈むまであと刹那というところで、アンリはカスパールの手を握る。
アンリの全身はびっしょりと汗に濡れていた。
「……? どうしたのじゃアンリ」
未来に行くことは、永遠を掴む方法として、現状で出来るこれ以上ないものだ。
そのことは全員が理解しており、だからこそアンリが止めたことに理解が出来なかった。
「…………未来に行くのは駄目だよ、キャス」
アンリは伏し目がちで、珍しく弱気な態度だ。
「そう……か、そうじゃな、くふふ、くふふふふふ。そうじゃな! 分かった! お前様がそう言うのであれば、未来に行くことは止めておくとするかのぅ!」
これにカスパールは嬉しくなり、体を震わせる。
”嫉妬”でいくら過去に戻っても、現在に戻ってくることは容易だ。
だが、未来では何があるか分からない。
例えば100年後に旅立ったとして、その瞬間にカスパールの命が散る出来事があるかもしれない。そのような事故で突発的に死ねば、当然現在に戻ってくることは不可能だ。
過去に戻るよりも未来に進むほうが、”嫉妬”を使うリスクは高い。
カスパールは、アンリが自分の身を案じて止めたのだと理解した。
「そうよな、お前様は自分の命と同様に、わしのことも心配して……愛しておるのじゃな! くふふふふ、うむ、無詠唱魔法のために数秒は未来に行くことはあれ、遠くの未来を覗くことは極力止めておこう! かっはっはっは! いや、愛されておるなぁ!」
実際は全くの見当違いだった。
アンリは未来を知ることが怖かったのだ。
カスパールはアンリが永遠を掴むと疑っていないが、万が一アンリが老衰で死んでいましたと報告された時、アンリの精神は簡単に崩壊するだろう。
もし永遠を掴めていなかったとしても、不老不死への進捗や乗り越えられなかった課題が分かり、現時点から改善方法を検討できることは大きなアドバンテージになる。
永遠を確実につかむためには、絶対にカスパールを未来へ行かせるべきだ。
「未来に行くのは、最後の手段にしよう」
そのことは頭では分かっているが、どうしても心の底で拒否をしてしまう。
これは、アンリの心の弱さだった。
気付かないカスパールは満開の笑顔だ。
いつものカスパールであればアンリの真意に気付いていたはずだが、今のカスパールは愛に酔っていた。
もしくは、愛に盲目的な別の人格が混ざっているようであった。
「さて、じゃあわしは別の手段で役に立つとするか。レイジリー王国はどうなった? ネスという障害が無くなった今、もう抵抗する力はないじゃろう。降伏したか? まだならば、わしが出向き演説でもしてみせようか?」
カスパールが提案したのは、立法の代表としての意見だ。
労働力や有能な人材をエリュシオンに引き入れるために、レイジリー王国が降伏するのは早ければ早い方がいい。
国王であるネスの”怠惰”の能力は無くなっており、今更国民はネスの言うことを聞かないだろう。
無用な内乱や混乱を避けるために、カスパールはレイジリー王国の民を導く案を示した。
これに、アンリは首を振り否定を示す。
「いや、ありがたいけどその必要はないよ。あの国にはそんな価値のある人間はいないからね」
レイジリー王国の重役は、何年もの間ネスの洗脳を受けていた。
ネスを甘やかすだけのために存在しており、外交も内政も最低限のものしかさせてくれなかった。
「ネスのせいではあるけどね。自分で考える機会が大幅に失われて、今や彼らの脳みそはツルツルさ。そんな人たちが、エリュシオンの役に立てると思う?」
アンリの辛辣な指摘は、国民にも向けられた。
レイジリー王国の民は皆が幸せな生活を送っており、争いとは無縁であった。
その背景には、”怠惰”によって結ばれた無数の条約がある。
ネスがエリュシオンと結ぼうとした条約ほど極端なものは無いにせよ、レイジリー王国は自国に有利な条約を数多くの国と締結している。
一つ一つは軽度なものだが、数が集まりレイジリー王国は裕福になっていた。
それこそ、ネスの体のように利益が膨れ上がっていったのだ。
「甘い汁は随分美味しかったろうね、幸せだったろうね。だけど、レイジリーの人達にとっては甘い汁でも、他国の人間からすればそれは生き血さ。人が懸命に働いて稼いだ財を、彼らはノーリスクで搾取してたんだよ。その分の代償は払ってもらわないと。だから──」
淡々とアンリは語る。
言葉尻には怒りや侮蔑が混じっているが、別にネスや国に対して暗い感情を持っているわけではない。
「──見せしめだ。エリュシオンに喧嘩を売ればどうなるか、世界中に知れ渡るいい機会だ。彼らには人柱になってもらおう」
罪があるとすればネスにあり、国民は被害者だ。
だがそんなことは、アンリからすればどうでもよかった。
ただ、中長期を見据えての効率を求めた結果であった。
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