249 判断2

 アンリが懸念したのは、”嫉妬”の危険性だ。


 ”嫉妬”の能力で過去そのものを変えることはできないが、大罪の能力は別という部分が引っかかった。

 カスパールがその気になれば、過去に戻り生まれたばかりのアンリを殺し、今のアンリの”憤怒”の能力を喪失させることが可能だ。


「そうなったら、不都合なことばかりなんだよなぁ……」


 ”憤怒”は、自身の魔法に干渉する。

 その効果を用い、アンリは魔法の出力を上げており、一つ一つの魔法が桁違いの効果を発揮している。


 ”憤怒”のメリットはそれだけではない。


 この世界では、10歳からしか魔法は使えない。

 アンリは”憤怒”の能力で自分の魔法に干渉し、その制約を取っ払っていた。

 0歳から魔法の修練を行うことで、今のように膨大な魔力を手にすることが出来たのだ。

 もし”嫉妬”により”憤怒”の能力を消された場合、どこまで影響があるのかが分からない。

 過去を変えても未来を変えることはできないので、十中八九アンリの魔力はそのままのはずだ。

 だが、実際に試すわけにもいかないので、アンリは不安に感じていた。


「殺すべきです! わん!」


 カスパールが危険だと感じたベアトリクスは、日頃の恨みとばかりに進言する。


「このような呪われたダークエルフ、ご主人様の害にしかなりません! わん!」


「かっはっは! 呪われておるのは貴様ら獣共じゃろうが」


「ふざけるな! 私を貴様のような悪しきダークエルフと一緒にするな!」


 二人のしょうもない喧嘩が始まるも、アンリは無視して思案を始める。


「わしが悪? かっはっは! これほどの善人を捕まえて、中々面白いことを言うではないか」


「なにが善人だ! 貴様らダークエルフが生まれた由来を思い出してみろ!」


 ベアトリクスが持ち出したのは、古くからの言い伝えだ。

 ダークエルフはしばしばエルフと一緒にされることがあるが、元々この二種族は同一であると考えられている。

 過去、禁忌を犯したエルフの集落が神の怒りを買い、裁きを受けることになった。

 大人しく罰を受け入れると思いきや、その集落のエルフ達は団結し不意をうつことで、神の体に傷を付けることに成功する。

 だが、これは一時の溜飲を下げるだけの行為であり、より深い神の怒りを生み出してしまった。


 神はそのエルフ達を根絶やしにするのではなく、永遠の業を背負わせることにした。

 その褐色の肌は罪の証。その銀色の髪はエルフとの決別の証。

 神は、ダークエルフという少数の種族を生み出し、エルフの仲間外れとしたのだ。


「悪者だ! 呪われた種族だ! 貴様らダークエルフが生まれたのは、神に反逆したからだ!」


 ベアトリクスの長い話を聞いたカスパールは、欠伸を噛み殺しながら答えた。


「くく、そのようなつまらん昔話を信じておったのか? そんなのあいの設定じゃ。かっはっは、お主もまだまだお子ちゃまじゃな」


「何を笑っている貴様! 私を馬鹿にするのも大概にしろ! わんわん!!」


「かっはっは、馬鹿になどしておらん、嫌っておるだけじゃ。あまり大声を上げるな、近くによるな。鼻が痒くてしょうがないわ」


 考え込んでいたアンリだったが、二人のやり取りが耳に入り、咄嗟にカスパールの方を向いた。


「ねえキャス、さっきのって? あいの設定って何?」


 カスパールが”メルキオール”でも”AI”でもなく、”あい”と呼んだことが引っかかった。

 更には、この世界の古い言い伝えを設定などと言うなど、普段のカスパールであればありえないことだった。


「うん? なんじゃそれ? わしが何か言ったか?」


 だが当のカスパールは、何のことか全く見当がつかず首を傾げている。

 隠しているわけでも、とぼけているわけでもなさそうだ。


「……いや、ごめんごめん、気にしないで」


 ただの聞き間違いと判断したアンリは、それ以上そのことには触れなかった。 


「改めてよろしくねキャス。それにしても、なんだか僕の周りは大罪人だらけになっちゃったね。あはは、まるで僕たちが悪者みたいじゃないか」


 客観的には完全にそうではあるが、灯台下暗し。当の本人にはその自覚はないようであった。


 アンリの言葉により、全員がカスパールの存命を理解した。

 アンリの決断は、別にカスパールを大事に思っての発言ではない。

 今後、新たな”嫉妬の大罪人”が生まれた時、アンリの”憤怒”の能力が消されるかもしれない。

 その可能性を考えれば、危険な能力ではあるが、味方として手元に置いていた方が安心だという判断だった。


 そのことは、カスパールも気づいている。

 だからこそ役に立とうと、アンリに提案した。


「どうじゃアンリ、お主が歩んでいる永遠への道のりを、わしが大きく短縮してやろうか」


 カスパールが提案したのは、永遠の命を掴む方法の提示だ。

 アンリにとって、これ以上ないプレゼントだろう。


「”嫉妬”の能力が過去だけとは言っておらんじゃろ? なぁに、未来に行って、永遠を掴んだアンリにその方法を聞いてくるだけじゃ。そら、”傲慢の大罪人”の居場所も分かっておるじゃろうて」


 反則のような提案に皆は衝撃に打たれ、同時に希望に満ちた。

 その反応を良しとしたカスパールは、未来に向かって意識を沈めていく。

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