244 反則

 過去を変えることで、歴史を改変することは可能だろうか。

 過去に戻りダールトンを殺せば、未来のダールトンはいなくなるだろうか。


 カスパールは理解した。

 答えはNOだ。


 今回、カスパールは過去に戻りダールトンを始末した。

 もしこれで元の世界にダールトンが存在しないのであれば、カスパールが窮地に立たされることはない。

 そうなるとカスパールが”嫉妬の大罪人”の烙印を押されることもないだろう。


 ここでジレンマが発生する。


 ”嫉妬”の能力が使えないカスパールは、過去に戻ってダールトンを殺すことができないはずだ。

 するとダールトンは生き延び、またカスパールを襲うだろう。

 襲われたカスパールは”嫉妬”が発現し、過去に戻りダールトンを殺す。


 堂々巡り。パラドックスが生じるのだ。


 このパラドックスを解決する一つの方法に、”過去の出来事は変えられない”というルールがある。


「じゃが、わしはダールトンを殺すことができた。つまり世界の本質は──」


 ──パラレルワールド。

 世界は無数にあるとカスパールは結論付けた。


 今来た世界は、ダールトンがおらず、カスパールが”嫉妬の大罪人”とならない世界。

 元の世界は、ダールトンが生きており、カスパールが”嫉妬の大罪人”となる世界。

 もしかすれば、ダールトンがおらずカスパールが”嫉妬の大罪人”になっている世界もあるのかもしれない。

 つまり、並行して似たような世界が無数にあるのだ。


 ダールトンがいない今の世界であれば、カスパールは平穏に過ごせるだろう。

 自分の命を優先に考えるならば、それでいいはずだ。


 だが、カスパールはそれを選ばない。


「わしが真に愛しておるのは、あの世界のアンリただ一人よ」


 カスパールにとってのアンリは、共に笑いあったアンリは、恋焦がれたアンリは、どの並列世界を見まわしてもたった一人だからだ。

 愛する男に再会するため、カスパールは5年後の未来へと沈んでいく。



「きひひ、馬鹿かお前? それじゃ、お前は過去を変えられるってのかよ?」


 再びカスパールはダールトンと対峙する。

 遠くではヤールヤがドラゴン達に抵抗している。


 無事に元の世界に戻ってきたことを確信したカスパールは、余裕の表情で髪をかき上げた。


「あぁ、そう言ったはずじゃが?」


「くく、きひひひひ、じゃぁ戻って俺様を殺してみろよ!? ほら、早くやってみせろ! できないだろうが! 俺様が今こうして生きているのは、どういうことだよ雑魚がぁ!!」


 いくら大罪人といえど、そのような反則が過ぎる能力は無いと、ダールトンは馬鹿にする。

 事実、カスパールの言葉は誤りだ。

 カスパールは過去に戻ることは出来るが、過去を変えることはできない。


「かっはっは、まだ気付かぬか? 少し興奮が過ぎるぞ? まぁ、わしのような女を目の前にしてさかるのは分からんでもないが」


 だが、変えることができるものもある。


「……ぁ? なんでだ?」


 そこでようやく、ダールトンは異常に気付いた。

 絶対に肌身から離すことのなかった魔法の原典アヴェスターグが、左手から無くなっているのだ。


「おい、嘘だろ……おい、おいおいおい、おいぃぃいぃぃぃ!!?」


 何度魔法の原典アヴェスターグを出そうと試しても、それは叶わない。

 そして当然、魔法の原典アヴェスターグから生み出される魔法も同じだった。


 ”嫉妬”が大罪人システムの一つであるように、”強欲”も大罪人システムの一つだ。

 即ち、この二つは極めて密接な関わりを持っている。


「ほれ、貴様の望み通り、過去の貴様を殺してきてやったぞ? それがこの結果じゃ」


 過去のダールトンを殺すことで、それ以降の世界でダールトンは”強欲の大罪人”ではなくなった。

 ”嫉妬”の能力でいくら世界を跨ごうが、同じ大罪人システムである”強欲”はそれがそのまま反映される。


 つまり、ダールトンは”強欲の大罪人”ではなくなったのだ。


 大罪人システムという存在自体についてはカスパールは知らないが、ダールトンの”強欲”を失くす方法については、”嫉妬の大罪人”となった時に本能が理解していた。


「ありえねぇぇ! 全然分かんねぇが反則だ! なんだ!? どういうことだ!?」


 魔法が唱えられないダールトンは唾を飛ばす。

 対してカスパールの傷は癒え、右手には紫電が纏わりついていた。


「な、なんだ!? 魔石はもうねぇだろぉ!? なんで無詠唱で魔法を使える!?」


「かっはっは、分からぬか? 詠唱など、10秒後に済ませてきたわ」


 反則だ。

 インチキだ。

 理不尽だ。


 大きな声で罵りたいダールトンだが、まずは生き残る方法を模索する。

 そして、唯一の方法に辿り着いた。


「ドラゴン共、戻れぇぇえ!! このダークエルフを──」


 頼みの綱は竜王の指輪。

 指輪を空にかざし、ダールトンはドラゴン達に命令する。


「──あまりに遅い、わしの二つ名を知っておるか?」


 だが、命令の言葉は最後まで続かない。

 雷撃を受け、手刀で首を飛ばされたからだ。


 転がる首を無視し、竜王の指輪を回収したカスパールの表情はついに綻ぶ。

 だが、その顔は直ぐに引き締まり未来過去を見据えた。


「まだじゃ、まだ足りぬ。憎い、憎い、憎い。どうしても憎い」


 そしてまた、カスパールの意識は沈んでいく。


 速く、早く、深く。

 全てを追い越した暗闇の世界で、カスパールは尚も加速する。


 沈み、沈み。更に沈み。

 5年より前へ。10年より前へ。

 100年より前へ。1000年よりずっと前へ。


 そしてカスパールは、目的地にたどり着いた。


「憎い。貴様が……憎い」


 目の前にいる女の首を、後ろから両手で握りしめる。


「貴様さえいなければ……」


 こんなことをしても、何も未来が変わらないことは分かっている。

 それでもカスパールは、過去に未来を求めてしまった。


 カスパールは、アンリの前世の妻を殺しにやってきた。

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