243 閃光

『告 カスパールの魂に”嫉妬の大罪人”の烙印が押されました』


 その声を聞いたダールトンは、咄嗟に距離をとり身構えた。

 そして直ぐに、直前の行動をとった自分を恥じる。


 どのようなイレギュラーが起こったにせよ、まずはカスパールの首を搔き切るべきだった。

 今になれば絶対にそうだと判断できるが、思わず距離をとることを優先してしまった。


「くそ、俺様もかよ」


 これまで屠ってきた冒険者は、理解のできないことがあると咄嗟に距離をとっており、それが馬鹿みたいで可笑しかった。

 まさか自分も同類だったとは思わず、自己嫌悪に陥る。


(しかし、”嫉妬の大罪人”とはよぉ……魔法は全部奪って、武器はおろか服も無し。流石に俺様が負けることはない……が)


 ダールトンは攻めることを躊躇した。

 相手の能力が全く分からないからだ。

 それもそのはず、”嫉妬”はこの世界で初めて発現した能力だ。

 AIやメルキールですら、その能力は分からない。


「かっはっは、どうした、こんのか? ナニも小さければ気も小さい。くっくっく、男の鏡じゃな」


 カスパールの挑発に、ダールトンは額に青筋を立てる。

 昔のダールトンであれば、感情に任せて突っ込んでいただろう。

 だが、アンリと戦った経験から、今回は軽率な行動はとらなかった。

 上には上がいる。そのことを知っているダールトンは、相手が自分と同じ大罪人ということもあり、いつになく慎重になっていた。


「畜生、さっさと殺しときゃぁ良かったぜ。過去の自分が嫌になる」


「かっはっは! 阿呆が。ならば過去の自分に説教を垂れてくるが良いわ」


 剣ではなく、言葉が交じる。

 戦術を考えているダールトンは、深く考えずに言葉を返した。


「阿呆はお前だ。過去は変えられねぇって言ったのはお前だろうが、ボケが」


 その言葉が可笑しかったカスパールは、露わになった胸を隠すこともせず大笑いする。


「かっはっはっは! あぁそうじゃ、過去は変えられん! あははははは!! わし以外にはな!」


 そして、カスパールの意識は深く沈んでいく。

 沈むといっても、意識が無くなるわけではない。

 もしくは沈むという言葉が不適切なのかもしれない。


 ”嫉妬”の能力。

 それは、世界に干渉する。


 カスパールの魂は、通常ではあり得ない速度で世界の深淵に向かう。

 観測できる者など誰もいない。もしそれを視ることができる者がいれば、これこそが”閃光”という二つ名の由来だと理解しただろう。


 速く、速く、速く、沈む。

 早く、早く、早く、沈む。

 深く、深く、深く、沈む。


 恐ろしいまでの速度により、視界は歪む。


 更に速く、早く、深く沈む。


 高速道路で雨粒をフロントガラスから受けるように、今のカスパールには全ての光が正面から襲ってくるように見えている。


 更に、更に加速する。

 更に速く。なによりも早く。どこまでも深く、沈む。


 やがて光すらも追いつけなくなり、通り過ぎた景色は視界の端から順に消えていく。


 速く、もっと早く。もっともっと深く。

 

 視界の中心に辛うじて見えていた白い光も、どんどん遠くへ消えていく。

 最後に少しだけ見えた光は、アンリの瞳と同じ色だった。


 そして訪れた、完全な黒の世界。

 音も光も置き去りにした世界で、それでもカスパールは加速する。


 速く、速く、速く。

 早く、早く、早く。

 深く、深く、深く。


 世界を憎むほど速く。

 他者を羨むほど早く。

 愛を求めるがまま深く。


 この世の全てを超越した時、ついにカスパールは別の世界へとたどり着いた。




「ん~…………これで、討伐証明になるかな……」




 カスパールの目の前には、愛しい存在がいた。

 彼はダールトンの骨を拾い、首を傾げている。

 数時間前に会っていたアンリより、随分と背が低い。だが、それもまた愛おしい。


「阿呆……それはトカゲの尻尾じゃ。討伐証明にはならぬわ」


 別の世界とは、すなわち過去の世界。

 カスパールはタイムトラベルに成功したのだ。


 ダールトンとの死闘と、暗闇の世界での孤独を忘れ、カスパールは10歳のアンリを抱きしめた。


「わぷっ!? どうしたの先生? いつになく積極的だけど」


 このまま幼いアンリを押し倒したい衝動に駆られるが、今はなんとか我慢する。

 この世界にやってきたのは、他に目的があるからだ。


「よく聞けアンリ、まだダールトンは生きておる。一度魔力は枯渇したはずじゃが、どうやってか奴の魔力は回復した。認識阻害魔法オプティカル・ビーで潜んでおるはずじゃ」


 カスパールの指摘を受け、アンリは昔開発したギミックを、やっと思い出したようだった。


「あぁ、そういえば雀の涙ほどだけど、魔法の原典アヴェスターグに魔力を貯蔵してたっけ。よく分かったね先生、魔力の流れをよむのに長けてるってやつ?」


 言いながらアンリは、炎神のプロメテウス・悟りエピファニーにより周囲を無造作に焼いていく。


「ぎゃあぁああぁぁ!!?」


 そして、ダールトンゴキブリをあぶり出した。


「熱い! 痛ぇ! 降参だぁ! 助けてくれぇええ!!」


 万策尽きたダールトンは、魔法の原典アヴェスターグを投げ捨て土下座する。

 魔力のほぼ全てが空になっており、焼かれた身の苦痛を和らげることも出来なかった。

 

 カスパールはコツコツと足音を立てて近づき、魅惑的な足をダールトンゴキブリの頭に置いた。


「かっはっは、降参? そんなことが許されると思うなよ下種が」


 当然、ダールトンにとって嬉しいものではない。


「頼むぅぅぅ!! 何でもするぅぅ、助けてくれえええええ!!」


「そら、5年後の借りを返すぞ」


 ──グシャッ


 力のままに足を踏み抜き、ダールトンの頭蓋骨は潰れる。

 前の世界では死から逃れたダールトンだが、この世界では完全な死を迎えた。


「くく、なんともまぁ、簡単な作業よな。さて──」


 目的を達成したカスパールだが、その表情は硬い。

 それは、”嫉妬”の能力を理解しているからだ。


「じゃあな、アンリ」


 状況を把握していないアンリに、短く告げる。




 最後の別れの言葉は、たったそれだけだった。

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