240 死闘1

 4年前のアンリを相手にする。

 ヤールヤの例えに、カスパールの戦意はぐらぐらと揺れる。


「か、勝てる……あぁ、勝てる! 勝てるじゃろうが、流石に!」


 己の不安を払拭するためにも、カスパールは強く宣言した。


「当時のアンリはまだ10歳じゃぞ!? わしとお主の二人掛かりなら、なんとかなる! はずじゃ!」


「じゅ、10歳……? で、でも、たった4年で何かが変わるかよ」


 ヤールヤはアンリを人族ではなく、ダークエルフのような長命種か、人智を超えた神族であると思っていた。

 その為、実際の年齢は1000を優に超えていると思っており、4年という歳月の価値は軽いと見ていた。


「大いに変わる! あの魔法の原典アヴェスターグにはメルキオールが宿っておらん!」


 メルキオールは魔法発動に際した自動化と効率化に一役買っている。

 AIながらに知能を持っているため、その場に適した魔法の選定も可能だ。

 そのメルキオールがいるといないとでは、魔法成立までの時間に大きな差異があることをカスパールは知っていた。


 意味があまり分からなくとも、酒場で惨劇は起こりえないと理解したヤールヤは、若干の落ち着きを取り戻していた。


(思い出せ、4年前のことなど、昨日のようなものじゃろうが)


 右手の小指につけた指輪で負傷した手と耳を回復しながらも、カスパールは過去の記憶を辿り思考をフル回転させる。


 当時のアンリは、憤怒の力を除けばそこまで凶悪な魔法は無かったはずだ。

 小規模爆裂魔法や加重魔法などは便利なものだが、隣で何百回と見てきたものなので十分に対処できる。

 魔力障壁や自動回復魔法は厄介だが、アンリの魔力量があってこそだ。ダールトンが使うならば有限だろう。


 もし危険があるとすれば、アンリが「カスパール対策に作った」と明言していた怒りのレイジ・滅度ニルヴァーナだ。


(戦闘用の宝石を見に纏っておれば楽に戦えたが……いや、今でも十分対処可能じゃ)


 カスパールは首元のペンダントを握りしめる。

 まさか本気の戦闘が始まると思っていなかったため、現在身に着けている装飾品は見た目重視だ。

 それでも全てがある程度の効力は保有しており、特にペンダントは一度だけだが強度の高い魔法障壁を貼ることができる。

 怒りのレイジ・滅度ニルヴァーナは全方位の攻撃魔法であり、躱すことは不可能だ。だが、使用魔力が大きいため、戦いの場で使うのは一度が限度と想定していた。


(そうなったらヤールヤは助からんが、まぁ、後で骨ぐらいは拾ってやるかの!)


 勝てると自分に喝を入れ、カスパールは駆ける。

 ”閃光”の二つ名通り、目視も難しいほどの速さで肉迫し剣を奮った。


「あめぇよ馬鹿が!」


 ダールトンは紙一重で躱し、人差し指を構える。


『<小規模爆裂魔法ばんっ!>』


 攻撃をよんでいたカスパールは難なく避け、更にショートソードで追撃する。

 いつの間に握っていたのか、ダールトンも剣で受けた。

 幾度か剣での応酬が続くが、双方見事な剣と体捌きを見せ攻撃は当たらない。

 互いに力を込めた一撃を打ち付け、キィィィンと甲高い音が鳴った時、お互いの眼光が交差する。


「きひひ、おぉ、怖ぇ怖ぇ。『炎神のプロメテウス・悟りエピファニー』」


 そのまま鍔迫り合いになると思いきや、ダールトンの左手に持たれた魔法の原典アヴェスターグのページが捲れ魔法が発動する。


「ちっ!」


 8本の炎の剣が宙を舞う。

 カスパールは苛つきながらもその全てを避け距離をとった。


(忘れておったがこやつ、悪名高い強盗団の首領じゃったか……)


 アンリの戦いを見ていたカスパールは、ダールトンが魔法主体で戦う魔法使いタイプだと思っていた。

 だが、あの時はアンリに引っ張られ魔法合戦となったが、実際のダールトンは器用であり、特に戦闘戦術は選ばない。

 魔法の原典アヴェスターグの利点を活かし、物理と魔法のハイブリッド戦法をとっているダールトンを、カスパールは厄介に感じる。


「きひひ、伝説の冒険者様がこの程度か? 言っとくけどよ、俺様の能力を忘れてねぇだろうなぁ!」


 次はダールトンが駆ける。

 迎撃しようと構えるカスパールだが──


「なっ!?」


 ──ガクンと動きが鈍くなる。


「おらぁぁぁ!!」


 その間にダールトンの斬撃が襲い、負傷したカスパールは膝をついた。


「くきき、きひ、馬鹿がっ! 魔法使いが”強欲”に勝てるわけねぇだろうが!」


 魔法の原典アヴェスターグを持っていることで、敵は4年前のアンリということに意識を持っていかれたが、それだけでは不十分だ。


 ダールトンは”強欲の大罪人”だ。


 ”強欲”は相手の魔法を奪うことができる。

 そして、奪われた者は魔法を使うことができない。


 カスパールは身体強化魔法を奪われたのだ。


「伝説とまで謳われたわしが、勝てぬか……っ!」


 ”閃光”の由来となった魔法を奪われたことにより、カスパールは並みの魔法使いとなった。

 膝をつき項垂れているカスパールを見て、ダールトンはご満悦だ。


「きひひ、諦めが早ぇなぁ。もう終わりか? もっと何か、手はないのかよ。」


 ダールトンは笑いながらゆっくりと歩く。

 項垂れていたカスパールは、顔を上げ宣言した。


「あぁ、諦めた。わし勝つことはな」


 カスパールの目が死んでいないことに気付き、ダールトンは直ぐに魔力障壁を展開した。


「あああぁあぁぁぁああ!!」


 恐怖を大声で上書きするかの如く、絶叫を上げながらヤールヤは蹴りを放つ。


 ──ガギィィィン!


 その蹴りは、魔法障壁にヒビを入れた。


「ああぁぁぁぁぁぁああぁぁあ!!」


 その後もヤールヤは何度も蹴りを放ち、そのたびにヒビの数が増えていく。


「な、なんでだ!? 魔法が奪えねぇ!? って、なんだこいつ!?」


 ダールトンは混乱していた。

 魔族であるヤールヤは、身体能力のみを武器としている。

 そのため、奪うべき魔法がそもそもないのだ。

 間違いなく”強欲”の天敵であった。


「おらあああぁぁぁぁぁ!!」


 ヤールヤの蹴りが遂に魔法障壁を打ち破る。

 更なる追い打ちにより、ダールトンの左手は斬り落とされ、ダールトン自身も吹き飛んだ。


「はぁ、いける、あたいはいける! 相手はご主人様じゃない! 勝てる!」


 魔法の原典アヴェスターグを見て恐怖に囚われていたヤールヤだが、攻撃が通じたことにより自分を取り戻した。

 余裕まで現れ、足元に落ちていたダールトンの左手を食いちぎりだした。


 その光景を近くで見ていたカスパールは、なぜか悪寒を感じた。

 そして、生き残るための本能が働き、一度しか使えないペンダントを発動させ魔法障壁を張った。


『<ザラシュトラ家ザラシュトラ・の火葬クリメイション>』


 ヤールヤがかじっている手を中心に、大きな火柱が上がったのだった。

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