239 黒幕2

 ダールトン。

 今は壊滅したワイルドパンサー強盗団の元首領にして、”強欲の大罪人”の烙印を押された者だ。


「くき、くひひ、くひひひひひひひひ!!」


 二人の反応は、ダールトンの期待に応えるものだったようだ。

 気味の悪い笑い方で、その喜びを表現する。


「驚いたかよ姉ちゃん! この指輪はずっと俺様が狙ってたもんだ! 奪っていくぜぇ? ”強欲”らしくなぁ!」


 ダールトンは指輪を舐めながら宣言する。

 都市伝説のように伝えられていた竜王の指輪だが、不思議とダールトンは「ある」という確信を持っていた。

 ワイルドパンサー強盗団の頃から狙っていたが、竜の相手ができず諦めており、”強欲”の能力を手にしてから再度の入手を目指した。

 だが、いくら竜の巣を探しても見つからなかった。

 そんな時、アンリ達が悠々と発見し持ち去ったものだから、ダールトンのはらわたは煮えくり返った。

 そしてその分、今の歓喜は大きい。


「そ、そうか……ダールトン、貴様が今回の黒幕か! エリュシオンに奇妙な間者を送っておったのも、ドラゴンを洗脳し襲わせたのも、イドゥールネスに理不尽な条約を結ぶよう焚きつけたのも!」


 カスパールの中で一本の線が繋がった。

 ダールトンが犯人であれば、全ての事柄に納得ができた。


 記憶の消える奇妙な間者を、カスパールは当初、大罪人の能力ではなく、アンリの<隷属化スレイヴ>のような特別な魔法と推測した。

 ではく、アンリの<隷属化スレイヴ>そのものだったのだ。

 ”強欲”の能力により、アンリの魔法を盗んでいたのだ。


「じゃ、じゃがっ、なぜ貴様が生きておる! 貴様はアンリに殺されたはずじゃ! 憤怒の炎に焼かれ、残ったのは骨一本に……っ!」


 ”強欲の大罪人”ダールトンは、冒険者アンリによって討伐された。

 ダールトン自身の骨も証拠としてあることから、誰もがその事実を疑わなかった。


「くひひひひ! 馬鹿かお前、なんでその骨が残った方だと思ったんだぁ!? 逆だ、その骨以外が無事に残ったんだよぉ!」


 アンリの炎に焼かれていたダールトンは、なんとか逃げようともがいていた。

 だが、転移魔法の発動が間に合わないと判断し、とっさに認識阻害魔法オプティカル・ビーで身を隠したのだ。

 その試みは見事に成功し、アンリを欺くことに成功した。 


「ありえぬ、貴様の魔力は枯渇したと……」


「くひひ、あぁその通りだ。まさか俺様より魔力が多いやつがいるとは思わなかったぜ。だがまぁ、問題は無かった。俺様も驚いたがな」


 全自動回復魔法フルオート・リジェネで回復するアンリがもし死ぬとすれば、魔力枯渇は有り得る要因だ。

 そのことはアンリ自身がよく分かっており、課題として認識し危惧していた。

 そんなアンリが、命の部分については石橋を二度も三度も叩くアンリが、魔力量を増やす以外の対策をしていない理由わけが無かった。


 ダールトンは魔法の原典アヴェスターグを掲げる。


「これだよ! これ! 神の書! これに助けられた!」


 魔法の原典アヴェスターグは魔法の核となる以外にもいくつか機能を持っている。

 その一つが、魔力のストレージ機能だ。

 アンリの人皮をベースに製本された魔法の原典アヴェスターグは、微量ではあるが魔力を溜め込むことが可能だ。

 それを活用し、持ち主の魔力が枯渇したタイミングで、魔法の原典アヴェスターグからその魔力が流れるというギミックを持っていた。


「回復した魔力はちょこっとだった。流石にバレたら終わりだったが、お前ら馬鹿共はとっとと帰っていったからなぁ!」


 実際にはアンリの魔力は底なしに増えていき、魔力が枯渇するということは一度も無かった。

 そのためか、このギミックの存在はアンリ自身も忘れており、ダールトンの魔力が回復し別の方法で逃れた可能性については考慮できなかった。


(あ、あのど阿呆めがっ!)


 その事実を察したカスパールは、心の中で絶叫する。


「しかし、この国の王も大罪人の割には大したことねぇなぁ。あのガキが靴を舐める姿を見たかったが……ちっ、今思い出してもイライラするぜ。あのガキさえいなければ、俺様はまだワイルドパンサー強盗団の首領で……あのガキさえいなければ、コソコソ隠れる必要も無くて……あのガキさえいなければぁぁ!」


「下らぬ。死んだ子供の歳を数えても仕方ないじゃろうに。過去は誰にも変えられん」


 カスパールの言葉は、ダールトンを更に逆上させる。


「更にな、貴様がこそこそ隠れておるのは、ただ単にアンリを恐れておるからじゃろうが。ほれ、アンリはエリュシオンにおるぞ? 間者なぞ送らず、さっさと行ってくればどうじゃ? それとも何か、怖いのか?」


 図星だったのか、ダールトンは濁った眼を細め笑い出した。


「くき、くひひひひ! あぁそうだ、怖い! 今の俺様ではあのガキにゃぁ勝てねぇな。勝つために色んな野郎の魔法を奪ってはいるが、途方もない道のりだろうよ! だからな、一旦諦めた!」


 ダールトンは、カスパールに向かって指を指す。


「だから、単なる嫌がらせをしてやるのさぁ! お前、あの時ガキの隣にいたろぉ!? あのガキの大切な奴なんだろう!? そんなお前をぐちゃぐちゃにしたら、少しは気が晴れるってもんだ! あのガキに嫌がらせができて、俺様は綺麗な姉ちゃんを抱ける! くひひひひ!! 一石二鳥だぜこりゃぁ! あぁ、そっちの女も抱いてやるから、三鳥じゃねぇかぁぁぁ!!」


 最早戦闘は避けられないと、カスパールは剣を抜く。

 だがヤールヤは未だに臨戦態勢に入っていない。


「む、無理だ……あの本を持っている奴に勝つなんて……」


 泣き言を言っているヤールヤに、カスパールは喝を入れる。


「落ち着け! あいつは魔法の原典アヴェスターグを持っておるが、アンリの魔法を全て使えるわけではない! あの本は、4年前のままじゃ!」


「よ、4年!? た、たったの4年!? 4年前のご主人様に、あたい達は勝てるのかよ……?」


 勇気を奮い立たせるはずの言葉は、ヤールヤには何も刺さらなかった。

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