236 検証結果

「ふん、回復魔法が得意と言うのは本当だったようだな」


 手紙の内容や、送られてくるテルルの首から考えて、アンリならどんな重症でも回復できると予想した。

 多少の賭けの要素はあるが、妹を救うためにネスは自分の命をベットしたのだ。

 そしてその賭けに勝利した。


「命令だ、教えろよ。なぜテルルにこのような非道を行うことができた。余は貴様達に命令したはずだ。余とテルルに害を与えるなとな」


 ネスの命令に、アンリは正直に答える。


「ぷっ、あはは、僕は何もしてないよ? 首を落としたのはシュマさ。でも、害を与えたつもりはないかな。これは、シュマにとっては遊びだからね」


 笑いながらの答えは、ネスのこめかみをピクピクと動かした。

 アンリの目線を追い、ネスの標的はシュマに移る。


「これが遊びだと……? おいお前、どういうつもりだ?」


 シュマも笑い、ネスに答える。


「うふふ、どうしたの? そんなに怒って、少し怖いわ。私、嫌よ、怒られるの。私何も、悪いことしてないもの」


「ふざけるなよ! このような悪魔の所業……許されるわけがないだろうが!」


 ネスはテルルの体を支え、大声を上げる。

 多少は楽にはなったものの、テルルはまだ解放されていない。


「そんなこと言われても、困るわ。私、テルルと遊んでただけなのに……もしかして、お兄さんも遊びたかったの? なら大丈夫、今度はお兄さんも一緒に遊ぶ予定だから、何も問題ないわ。うふふ、えぇ、凄く楽しくなるわ。さぁ、さぁ、遊びましょう?」


 何かに気圧され、ネスは思わず後ずさる。

 ──コツン、と何かが踵に当たり転がった。


「ん? ……な!?」


 そしてネスはやっと気付いた。

 転がったのはテルルの首だ。

 送られてきた首は30程だったが、部屋に転がっている首は500を超える。

 苦痛と恐怖で絶望に染まった全ての顔が、図らずもネスと目があっていた。


「どうしたの? お兄さん、顔が青いわ。もしかして気分が悪いの? 涙で顔が濡れているわ。力が出ないの?」


 シュマはテルルの生首を一つ手に取り、両手で大事に抱える。

 そして、ネスに向かってとびきりの笑顔を浮かべた。


「ならもう大丈夫。ほら、新しい顔よ?」


「なっ!? お、お前は一体何を……っ!?」


 底知れぬ恐怖に襲われたネスは、急ぎ大声で命令する。


「が、害を与えるなよ! 余とテルルに、一切の干渉をするな! 何もするな!」


 だが、シュマの足はゆっくりとネスに向かって動き出す。


「な、なぜだ!? おいお前、止まれ、止まれ止まれ止まれ! 止まれと言っておるだろうがぁ! 止まれぇぇぇえええええええ!!」


 ”害を与えるな”では不十分だと知ったネスは、一旦動きを封じるため”止まれ”という命令に変更する。


 ──コツ、コツ、コツ、コツ


 だが、それでもシュマの足は止まらない。

 無邪気な悪魔にネスの腰は抜け、それでも距離をとるべく必死に手足を動かす。


「なぜだ! なぜこいつには命令が効かない!?」


「ぷっ、あははははは!!」


 理解ができず混乱しているネスが面白かったのか、アンリは堪らず笑い出した。


「あはは、まだ気づいてないのかい!? ほら、これはどうだい!? 命令して止めてみなよ!」


 アンリは片手でテルルの首を絞める。


「がっ……おにい……ざ……ま……」


 余程力がこもっているのか、うっ血したテルルの眼からは血の涙が流れだした。


「や、止めろ糞外道がっ! テルルの首から手を放せぇぇぇ!!」


 だが、この命令もアンリには届かない。


「な……んで? なんでだ? なんでなんでなんで? なんでだぁぁあぁ!!」


 理解が追い付かない頭は、とめどなく涙を流させる。

 恐怖に耐えられない体は震え、自分の意思とは無関係に尿を放出する。


 それにも構わず、シュマはネスの体をテルル同様、ギロチン台へと拘束する。


「なんでだ!? なぜ効かぬ!? どんな対策を!? アンリ、貴様、貴様ぁぁぁぁ!!」


 順守の力は効かなくとも、これにアンリは正直に種明かしをすることにした。

 何度目かの死を迎えたテルルを生き返らせることも忘れない。


「あはは、効かないって、何が効かないのさ」


「余の”怠惰”の能力だ! 貴様、何か対抗策を見つけたのか!?」


 見当違いの質問をするネスに、アンリは笑顔を浮かべ諭すように説明を始めた。


「あぁ、君は”怠惰の大罪人”だったっけ? あのねぇ、君、これまで何をしてきたか覚えてないの?」


 その言葉に、ネスは分かりやすく「?」を顔に浮かべた。


「愛する豚、じゃない、妹を救うために、あの手この手を考えて実行したじゃないか。あはは、結果が一番だけどプロセスも大事だと思うよ? 君はテルルを取り戻すことはできなかったけど、十分すぎる程頑張ったさ」


 アンリの言わんとすることに気付き、ネスは顔を青くした。


「妹を救うために危険を顧みず単身で乗り込むなんて、見上げた精神じゃないか。加えてさっきのが致命的だったかな? ほら、妹に近づくために、自らの肉を削り落とすなんて──」


 ネスの顔は全てを諦め、絶望に染まった。


「──そんな男が、”怠惰”なわけないじゃないか」







 大罪人に選定される時、それぞれの大罪の種類に応じて、強い感情を伴うのが常だ。

 逆に、その感情が無くなった時、大罪の能力が消えたという事例も過去確認されていた。


 つまり、”怠惰”の大罪人相手であれば、相手をがむしゃらに努力させればいいと考えたのだ。


 今回の一番の検証は、アンリの思惑通りの結果を得た。

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