233 side:イドゥールネス・レイジリー 後

 父は無駄な戦争で亡くなった。

 母はつまらん派閥の争いで亡くなった。

 兄は民の反乱で亡くなった。


 そして残った唯一の家族も、首だけになってしまった。


 余が間違っていた。あいつを敵に回したのが間違っていた。

 自分のせいだ。この能力がありながら、また家族を死なせてしまった。


 もう生きていく気力がない。

 テルルまでいなくなったら、生きる意味がそもそもない。

 いっそのこと、これで良かったのかもしれない。

 面倒くさい全てが無くなった今、面倒くさい生に囚われる必要が無い。


 あぁー生きるのが面倒くさい、死にたい。

 自殺は面倒くさいが、能力で従者に命令すれば殺してくれるか。


「ハローエブリワン! 昨日ぶりダネ!? ……随分と元気がないようだけど、大丈夫かネ?」


 あぁ、こんな時にまた鬱陶しいやつが来た。


「ほら、さっさとこれを受け取りたまえヨ、死ノ神タナトスからの届け物ダヨ?」


 死ノ神タナトスからの届け物。

 その言葉を聞いただけで、体が震える。


 ──ドン


 雑に果物が枕元に置かれた。


 なんだ、なんだなんだ。次は誰だ?

 従者か? ペットか? 友人──と呼べる者はいないぞ?

 テルルと同じぐらい身近な人間なんていたか?

 それでも、余のせいで誰かが死んだということが、恐ろしく怖い。


「や、やめろこの畜生が……テルルを、テルルを……返してくれ……」


 それは、心の底から吐露された独り言のつもりだった。

 だが、オズにとっては”怠惰”による命令になったようだ。

 行動を封じられたオズが選んだのは、またもや自爆だった。


 肉片まみれとなったため、再度の引っ越しを行う。

 昨日も動いたため、全身が筋肉痛になっている。

 痛い、痛い、痛いが、死ぬ前に確かめないといけないことがある。


 引っ越しを終えた後、余は一人で風呂敷の中を確認することにした。

 中の者に心当たりは全くないが、それでも風呂敷を解く指は震えている。


 そして、風呂敷を開けた余は──


 「は?」


 ──またもやテルルと目が合った。


 テルルに釣られて、勝手に涙が溢れてくる。

 色々な感情が混ざり合うが、まずは疑問が先行した。


 なんだ? どういうことだ?

 昨日テルルの首が送られてきて、今日もテルルの首?

 テルルは死んだ。死んだのは昨日だ。いや、今日も死んだ? うん?


 どんなに考えても、よく分からない。

 ある程度分かったのは、次の日三通目の手紙を読んだ時だった。


 親愛なるネスへ


 やぁ、エリュシオンの名産品はどうだい?

 今回の首は見た目が良くはないけど、もし気に入ってくれると嬉しいよ。


 実は僕の妹が、君の妹さんを気に入っちゃってね。

 困ったことに、遊びの延長で何度も殺されているらしいよ。

 でも大丈夫、僕は回復魔法には自信があってね。壊れた玩具はすぐ直してあげてるからさ。

 本当は妹さんを助けて君に届けてあげたいんだけど、命令されてないから仕方ないよね。


 今のところは魔法で回復してるけど、気を付けて。

 苦痛の末に死んでいるから、妹さんの魂がどんどんすり減っているんだ。

 そうなったらもう助からない。

 これまでの検証の平均値で見ると、耐えられるのは666回ってとこだね。

 もう3回死んでるから、あと663回ぐらいで終わりかな?

 心配しないで? その時は体のほうを返してあげるから、無事に葬儀はできると思う。そこの配慮は任せてよ。


 それじゃぁ、僕たちはテルルと遊びながら待ってるから、ネスもなるべく早く遊びにおいでよ。

 いや、違うかな。テルル遊びながら待ってるね。


 君の友人 アンリより


 手紙を読んだ後の感情は、どう例えればいいのか分からない。

 胃がとんでもなく小さくなったように、きゅぅっと締め付けられるような痛みを感じる。

 喉が異常に渇き、自分の唾液が異物に感じる。


 とにかく分かったことは、テルルが酷い目にあっているということ。

 そして、早くテルルを助けなければならないということだ。


 しかし、それは難しい。

 そもそもテルルの居場所が分からないのだ。


 奴の国か?

 いや、こうも短いスパンで首を届けているということは、もう少し近い場所にいるのか?

 だが高名な魔法使いであれば、距離を縮めることは可能だろう。

 くそ、そうなったら、逆に世界中の全ての場所に可能性ができてしまう。


 どこだ? どこにいる? 余はどうすればいい?


 メッセンジャーとなっているオズに命令しようと口を開けば、直ぐに爆発して引っ越しを余儀なくされる。

 オズに何人も尾行を付けたが、Sランク冒険者に付いていける力量の持ち主は、余の傀儡にはいなかった。


 どうしたいい。

 考えろ、考えろ考えろ考えろ。

 テルルはまだ救える。


 その後も様々な方法を試すが、テルルの元に辿り着くことはできない。


 考えろ、何かあるはずだ。考えろ。

 テルルは余の助けを待っているはずだ。


 正直、詰んでいるのかもしれない。

 だが、何かを考え、行動しないと余の心がもたない。


 毎回送られてくるテルルの顔は、悲痛そのものだ。

 一度たりとも、綺麗な顔は見ていない。

 苦痛に歪んだ顔。

 首を斬られることに恐怖した顔。

 最後の最後まで、助けを求めた顔。


 そんなテルルに何回も見つめられ、余の頭はどうにかなりそうだった。

 余はテルルを助けようとすることで、余の精神の崩壊を止めていたのかもしれない。



 諦めが頭にちらついた時、手紙の中に丸められた羊皮紙も入っていることに気付く。

 いつも挑発ばかりの内容だったが、今回ばかりは違うようだ。


 親愛なるネスへ


 遅い、遅いよ。

 妹さんの魂はもう限界だよ?

 このままだと、二度と会えなくなる。

 僕としては、うるさい悲鳴を聞かなくてすむけどさ。

 何度も死ぬ姿を見ていれば、豚でも愛着が湧いちゃうもんだね。

 仕方ないから、助けるための方法を用意したよ。


 この羊皮紙はスクロールといってね、一人だけ、テルルの場所へ転送することができるんだ。

 お礼は別にいいよ? 困った時はお互い様さ。


 君の友人 アンリより


 十中八九、いや、十中十で罠だろう。

 だけど、そんなことはどうでもいい。


 これ以上、テルルの泣き顔は見たくない。

 迷いはなかった。

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