234 side:イティールル・レイジリー
終わらない夢を見ていた。
とんでもなく、悪い夢。
でもこれは夢だから、いつかきっと覚めるもの。
起きたらお風呂に入って、ご飯を食べて、お茶を飲んで。
久しぶりに、お兄様の顔を見に行きたい。
あれ? お兄様に会うのは久々だっけ? 昨日ぶりだっけ?
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
でも駄目。
今回も悪夢は覚めてないみたい。
私は直ぐに絶望した。
今見ているのが悪夢かどうかはすぐに分かる。
「ま、また!? はぁ、はぁ、なんで、どうして!?」
悪夢では、私は体の自由が効かない。
首と両手は何かで強く固定されていて、どんなに力を込めてもびくともしない。
誰かが「顔面を上にしてギロチン台に拘束してる」と言っていた気がするけど、何のことかはよく分からなかった。
もがけばもがく程痛みを感じるだけだから、逃げることはもう諦めている。
「痛っ! はぁ、はぁ、誰か、誰か助けてっ!」
下半身は別。下半身は特に拘束されていない。
だけど力を抜くと、首が拘束具に引っかかってとても痛い。息ができなくなるし、体重を支えられないから首が抜けそうになる。
だから、ブリッジのような体勢を余儀なくされて、太ももや背中がとても痛い。
「誰かっ、誰かっ! 誰かぁぁぁぁぁぁぁ!!」
この時間は本当に嫌い。
痛くて、苦しくて、しんどくて。
なんで私がこんなことをしてるの?
なんで私はこんな目に合ってるの?
汗で服が肌に張り付いて気持ち悪い。糞尿が股にまとわりついて最悪な気分。
折角のお気に入りの服だったのに、きっともうぐちゃぐちゃで。破って裸になれたら、少しは楽になるかもしれないのに。
何時間も、何十時間もこの体勢で、時が流れるのをひたすら待つのは苦痛過ぎる拷問。
だけど、次のシーンはどうしても来てほしくない。
──ガチャリ
扉の開く音が聞こえたと思えば、シュマが部屋に入ってくる。
駄目、駄目。きっとまた同じことの繰り返し。
いつもの鼻歌を歌っているシュマは、とても機嫌が良さそう。
その歌が私には死刑宣告にしか聞こえなくて、勝手に涙が流れてくる。
「うふふ、テルル、ごきげんよう。さぁ、少し早いけど、始めましょう」
言いながらシュマは、私の頭上で被さっていた布をとる。
「ひぃぃ!?」
そこには、変わらず鋭利な刃が私に向いていた。
余程丁寧に手入れされているのだろう。塵一つ付いていない刃は、恐ろしいほどに綺麗だ。
入念に研がれているのだろう。怪しく光る綺麗な直線は、私の首の丁度真上に構えている。
「止めてぇ! お願い! 無理ぃ、助けてぇ! なんでぇ、なんでぇぇ!!」
これはデジャヴ。
どんなに叫んでも、彼女の手は止まらない。
そんなことは分かってるけど、ほんの僅かな可能性を信じて声を出す。
「うふふ、いいわ、いいわよテルル。楽しいのよね? 気持ちイイのよね? えぇ、大丈夫、私も同じ。私も興奮してきちゃう」
今回もダメなのだろう。
私の言葉はシュマに聞こえているけど、全く届いていない。
「さぁ、ヒーローごっこの続きをしましょう? 仕方ないから、主役はあなたに譲ってあげる。これも
「助けて、助けてお兄様! 助けてぇぇぇぇぇ!!」
「テルルにとって、お兄さんがヒーローなの? うふふ、それは丁度いいわ。えぇ、本当に丁度いいわ。みんな、喜ぶ、ハッピーエンドね」
シュマの手は止まらない。
また、あれがくる。
怖い、怖い怖い怖い、怖い怖い怖い怖い怖い。
悪夢で何度も経験してるけど、あれは慣れない。慣れるわけがない。
シュマが笑いながら縄を斬る。
同時に、刃が私の首に落ちてくる。
止めて、止めて止めて、誰か止めて。お願い、止めて。
刃が私の首に到達するまで一秒ほど。
その一秒は私にとっての一生だ。
助けて。助かる。どうやって助かる? 無理、死ぬ。
さようなら。良い人生だった?
違う、もっと生を謳歌したかった。
もっと、もっともっと楽しみたかった。生きたかった。生きたい。
────ズン
刃が落ちると同時に、私の視界はぐるぐる回る。
やっと止まったと思えば、首のない私の体を見つけ、理解する。
私は、また首だけになったんだ。
私は死ぬ。
でも、死ぬまでまだ少し、ほんの少し、意識がある。
私はこの時間も、大嫌い。
痛みに似た気持ち悪い何かが、無いはずの全身を襲う。
寒いのに、熱くて、熱いのに、寒い。
何かが込み上げてきて吐きそうになるけど、顔の筋肉を動かすことがとんでもなく辛い。
シュマと目が合う。いつも通り笑っている。
目に映る全てが掠れていく。
やっと意識が落ちていく。
どうか、これで悪夢が終わりますように。
お願い、お願い、お願い。
どうか神様、助けてください。
私を悪夢から救ってください。
次こそは、悪い夢から覚めますように。
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