232 side:イドゥールネス・レイジリー 前
面倒くさい。
生きることが面倒くさい。
本当に世の中は面倒くさいことだらけだ。
食って、寝て、起きて、食って。
それだけでいい。
それ以外の全てが面倒くさい。
飯を食べないと死ぬなんて、人間はなんて面倒くさい生き物だ。
定期的に用を足すこと強いられた俺達は、神様に呪いでもかけられたんだろうか。
人間と言う生き物が面倒くさければ、面倒くさい人間も多い。
人に愛されようと無駄に仮面を被るやつ。
人に認められようと無駄に頑張るやつ。
人の気を引こうと無駄に主張するやつ。
人の邪魔をしようと無駄に足を引っ張るやつ。
……こんな俺を愛して、無駄に優しかった奴ら。
お人よし。偽善者。馬鹿真面目。世間知らず。
何故、無駄にエネルギーを消費できるのだ。
よくもまぁ、誰かのために何かをしようとするものだ。
そんなだから、死んじまう。あぁ、本当に無駄死だ。
戦争なんて面倒くさいもの、なくなれよ。
争いなんて無駄なもの、なくなっちまえよ。
あぁ、全部全部全部!
この世の全てが面倒くさい!
『告 イドゥールネス・レイジリーの魂に”怠惰の大罪人”の烙印が押されました』
神様はいるんだろうか。
なんで俺にこんな力が……いや、いい。考えるのが面倒くさい。
父の代わりを務めることで、少しだけ無駄なものがなくなった。それだけでいい。
この能力は、本当に楽だ。
ただ、それでもやっぱり面倒くさい。
いくら飯を口に運ばせても、結局飲み込むのは自分の仕事だ。
いくら代わりに従者に排泄を命じても、結局は余が用を足さないと意味がない。
ただ、残った家族が無駄死しないのであれば、この能力は有難い限りだ。
だから余は、家族が愛したこの国を。
そして残された妹を。
この能力で、面倒くさいことから守ってやる。
なのに、なのに──
「国王様のお城で醜悪な豚を見つけたため、外観を損ねると思って引き取ったヨ!?」
──なんでこんなことになっている?
俺は面倒くさいんだ、関わるなよ。
なんで俺の家族をまた無駄なことに巻き込むんだよ、放っといてくれよ。
「その豚が自分のことをイティールル・レイジリーと名乗っているようダネ」
テルルが豚だと? ふざけるなよ馬鹿野郎が。
豚は余だ。テルルは天使だろうが。
いや、今はそんなことどうでもいい。
どうやって”怠惰”の能力を掻い潜ったかは知らんが、あの気味の悪いガキはテルルを拉致したようだ。
なんとか取り戻すため、目の前にいた冒険者に命令しようとしたが、いきなり爆発しやがった。
ふざけろよ? なんだこれは?
あぁぁぁぁ面倒くさい!
面倒くさい面倒くさい面倒くさい! 馬鹿野郎が!
余に無駄なことはさせるなよ!
風呂は嫌いなんだよ! 入ってもどうせまた汚れるだろうが!
よくも部屋を汚しやがって!
いくら掃除させても、こんな部屋で寝れるか!
部屋を変えるなんて、十年に一度の大仕事だろうが!
文句を言っても仕方が無いので、直ぐに家具を用意させ引っ越しを終えた。
久々に歩いたせいか、グルルと腹の音が鳴る。
早くカロリーを摂取しないと……あぁ、そうだ。
「おいお前、アンリが持ってきた果実を出せよ」
折角なんで、新国の名産品でも頂くか。
確かあの大陸で獲れる果実は、どれも甘い物ばかりだったはず。
不幸の次には幸福があるものだ。
久々の異国の甘味を期待していると、従者がそれを運んできた。
「……馬鹿が」
その様子を見て、思わず舌打ちしそうになる。
いや、暴言が出る方が駄目か……だがそれは仕方のない事だろう。
果実を出せと言われたら、普通は切り分けて小皿に盛るものだろうが。
それをこの従者は、大きな皿を一つ持ってきやがった。
クローシュと呼ばれる丸い銀の蓋のせいで中身は見えないが、まさか切り分けてないのか?
「気の利かぬ奴め……貴様はもう少し──うん?」
と、そこで、皿を持ってきた従者の顔色が、とんでもなく悪いことに気が付いた。
「はぁ……」
ため息が出る。
これは”怠惰”の能力の良くないところだ。
命令をすれば、必ずその命令に従う。
命令された者の体調が悪くとも、命に関わらないのであればだが、それは変わらない。
少しでも脳みそを働かせれば、調子が悪ければ別の者に頼むほうが効率がいいと分かるものだ。
なのにこいつは、我慢して自分が持っていくという選択しか出来ないのだ。
馬鹿が、もしお前が病気なら、余にうつるかもしれぬだろうが。
「もうよい、下がれ。皿はそこに置いていけ」
余の命令に従い、従者は涙目になりながら部屋を出ていく。
去り際に口元を押えていたので、嘔吐も我慢していたのだろう。
ふざけるなよ、折角の果実にゲロがかかったらどうしてくれる。
ふふ、自分では気付かなかったが、思ったよりも楽しみにしているんだな。
少し軽い足取りで更に近づき、銀の蓋を開ける。
「──ぁ?」
そこで、余の動きは完全に止まった。
最愛の妹と目が合ったからだ。
あ、あぁ? えぇ、なんだこれ、ナニコレ。
果実って、首かよ。生首かよ。俺の妹の生首かよ、テルルかよ。
何が名産品だよ、どんな国だよ、どんな嫌がらせだよ。
段々と、思考がクリアになってくる。
それと同時に、動悸が激しくなってきた。
あぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!?
ほらみろ! 可愛いだろうが!!
テルルが豚なんて、有り得ないだろうがぁっぁぁぁあぁあああ!!
夢だ、夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ。
嘘だ、これは何かの冗談だ。作りものだ。偽物だ。
口元にあるホクロなんて偽物だ。
母に似た大きめの涙袋なんて偽物だ。
返せ! 返せ返せ返せ! テルルを返してくれよぉぉぉぉぉ!!
神様! テルルを返して! なんで!? なんで返してくれない!!
”怠惰”の命令は、絶対じゃないのかよぉぉぉぉぉ!!!!
テルルの顔は、血と涙の跡でぐしゃぐしゃで。
痛かったよなぁ!? 怖かったよなぁ!?
「誰かぁぁぁぁ!! 誰でもいい!! テルルを返して! テルルを戻して! テルルを、テルルをぉぉぉぉぉぉ!!」
余の命令を聞いてくれる者は、この城には誰もいなかった。
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