229 怠惰への対抗策

「さて、鬼がでるか蛇がでるか」


 アンリは目の前に映し出した光景に注目している。

 右手にはお気に入りの赤ワイン。左手には魔法の原典アヴェスターグ

 こだわり抜いた玉座のように豪華な椅子に座ったアンリの足は、四つん這いにさせたヤールヤの首元に組んで置かれており、それをベアトリクスが舌で綺麗にしている。

 靴の汚れを丁寧に舐めとるベアトリクスを見て、カスパールがあぁは成りたくないと思う一方で、アリアは羨望の眼差しを向けていた。


「また趣味の覗き見か。まぁ、オズは男じゃし、別に問題はないが……」


 アンリ達が見ている光景は、ネスの部屋に忍び込ませたアフラシアデビルの視界をジャックしたものだ。

 手練れのオズであれば、もしかすると気付いているのかもしれないが、とりあえずは問題なく映像が見えることにアンリは満足していた。


「それで? オズには何を持たせたのじゃ? それを渡してくるだけでいいとはいえ、それが打倒”怠惰”に繋がるのか?」


「あはは、持たせたのは二つさ。一つはエリュシオンの名物になるかもしれない果物……まぁこれは、ただネスに喜んで貰いたいだけだね。もう一つの手紙が宣戦布告にもとれるから心配してたけど、問題なくオズさんは渡してくれそうだね」


 宣戦布告の手紙であれば、”害を加えるな”という命令に逆らうため、他人に依頼をしてもネスに渡すことは不可能だろう。

 だが、オズは一見空気が読めないような男ではあるが、アンリの視線や喋りから手紙も一緒に渡してほしいのだと気づき、果物と一緒に持って行ってくれた。

 アンリはまた一つ、オズに対しての好感度を上げたのだった。


「あれを見れば、ネスは直ぐにオズさんに何か命令するはずさ。そこでどうやって”怠惰”の能力を回避するのか、参考にさせてもらおうじゃない」


「そう上手くいくものかのぅ……」


 カスパールは疑いながらも、結局は映像に注目するのだった。



「ハローエブリワン! ……いや、国王様一人だけだったネ。それにしても、Sランク冒険者である私を自室に通すなんて、ふふ、”怠惰”というだけはあるネ、面白い!」


 オズもまた、アンリ達と同じようにネスの自室に通されていた。

 無遠慮に部屋の中を見回しているオズに、ネスは寝ながら声をかける。


「何の用だ? 喋れよ」


 眠たくなくても、布団の中で横になっていれば眠くなるものだ。

 睡魔と戦っている最中のネスは、さっさと面会を終わらせるべく命令した。

 ”怠惰”の命令のままに、オズは用事を話し出す。


「いや、心の友アンリからお願いされたんダヨ。この果物と、この手紙を君に渡してくれと言われてネ」


 言いながら、オズはどうしたものかと考えていた。

 誰も従者がいないため、どのように献上すればいいか分からなかったのだ。

 ネスは慣れたもので、オズの悩みを察するまでもなく命令する。


「その二つを俺の枕元に持ってこい。あぁ、一応言っておくが、俺に害を加えるなよ?」


 どうあってもベッドからは出たくないようだ。

 オズは言われるがままに枕元に置きながら、持ってきた果物を客人にも配膳しないのだなと落胆していた。

 王との面会を友人宅訪問と同列にしているオズは、やはりどこか狂っているのだろう。


「さてと……これで私の仕事は終わりだがネ……教えてもらってもいいかネ? その手紙、何を書いていた──どうしたのダネ?」


 手紙を開ける気のないネスを見て、オズはタメ口で質問する。


「めんどい、お前が開けろ。そして読めよ。あぁ、少し離れて読めよ」


 一国の王からの手紙を、全くの第三者に読ませる。

 これは一見、ネスが怠惰であるがための杜撰な行動に見えるかもしれない。


 しかし、実際は他にも意味があった。

 ネスは恐れたのだ。アンリからの報復を。

 あれだけ無茶な条約を提示したため、どうにかして手紙に爆弾のような物が仕込まれているのではないかと心配したネスは、オズを人柱に立てることにした。

 こう見えて、オズは敏感だった。


「ふふ、いいヨいいヨ。私が読んであげるヨ。なんなら、君が寝るまで隣にいてあげてもいいヨ?」


「ランクは上がれど、冒険者の品位は上がらぬか……いや、いい。さっさと読めよ」


 オズにとっては渡りに船だった。

 アンリの手紙の内容を知ることができるからだ。


「おぉ! 親愛なるイドゥールネス・レイジリー国王ヨ! 君に是非報告したいことがあるのダヨ! さぁ、寝ていては勿体ないヨ!? 耳の穴をよぉく開いて聞くんだヨ!?」


 手紙に記載されていないことまで、オズは大げさなポーズをとりながら声をあげていた。


「国王様のお城で醜悪な豚を見つけたため、外観を損ねると思って引き取ったヨ!? 自国に帰ってから、無断で引き取るのは流石にどうかと思ったから、こうして手紙をよこしたというわけダネ! おっと、それでその豚が言葉を喋ったと……ふむふむ、興味深いネ。どうもその豚が自分のことをイティールル・レイジリーと名乗っているようダネ。ふむ、手紙はここで終わっているようダヨ?」


 その内容を聞いたネスは絶句する。


「どうだい国王様、もしかして君は、豚と人間のハーフなのかネ? だったら、アンリが引き取った豚は、本当に君の親族だったりしないかネ? それとも──」


「──黙れ!」


 オズが無意識で煽りをいれていることが効いているのか、ネスは我慢がならなくなっていた。


「命令だ、教えろオズ! 貴様、アンリから何を頼まれた! 何が目的だ! テルルに何をした!」


「届け物を届けただけダヨ? アンリから頼まれたからネ? テルルなんて豚、私は知らないヨ?」


 オズの嘘偽りない答えは、ネスの怒りをさらに増幅させる。

 ネスはテルルを救うべく、”怠惰”の能力によりオズを傀儡にしようと試みる。


「命令だ! アンリのもとへ行きテルルの救出を──」


「──アブラカタブラ、<最後の打上花火ラスト・ショータイム>」


 だが、その命令を終える前にオズは魔法を発動させた。


 ──パァァァァン!


 その魔法は、ネスに害を与えるつもりは一切ないので、問題なく発動することができた。

 アンリから譲ってもらった自爆のスクロールを使ったのだ。

 元は<悪逆の右腕メフィスト・ハンド>という名前の魔法だが、オズは自分好みの名称に変更していた。

 そもそも自分しか爆発できず、全く別の用途の魔法となっているので、それはそれで正解なのかもしれない。


「…………は?」


 ネスは全く理解できない。

 目の前の男がいきなり花火のように爆散した光景は、なかなかシュールであり衝撃的なものだった。


「……ふざ……けろよ……」


 自身と部屋にこびり付いた汚い何かは、久々に風呂に入る動機になったのであった。

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