228 親睦
「テルル様、先日イドゥールネス様にご挨拶されていた方が、本日もいらっしゃいました。テルル様とお会いしたいとのことです」
国王であるイドゥールネス・レイジリーの妹にあたる、テルルことイティールル・レイジリーは、従者からの言葉に頬を染める。
「まぁ! アンリ様がっ!? 大変、準備をしなきゃ! みんな、早くお茶会の準備を!」
テルルの言葉を受け、従者達は手を動かす。
しかし、テルルの間違いを指摘するために口を動かすことはない。
「このドレスとあのドレス、どっちがいいかしら!? 靴はあそこの赤いのにしたら、アンリ様の瞳と同じ色でいいかもしれないわ!」
実際に会いに来たのはアンリではなくシュマだ。
普通の従者であれば、そのことを伝え気が逸っているテルルを落ち着かせるだろう。
だが、ここの従者は全てネスによりテルルに従うことを強要された者達だ。
テルルからの直接の命令以外には従う義理は無く、なんなら訪問者が違うことを伝えないのは、一つの意趣返しでもあった。
「遅くなり大変申し訳ございません! アンリ様……ではなく、シュマ様……?」
想定していた客と違いきょとんとしている様子を見て、従者たちは暗い笑みを浮かべているが、そのことにテルル自身は気づかない。
「ごきげんよう、テルルさん。私ね、遊びに来たの。あなたと仲良くなりたくて」
驚いていたのは少しの間。
想定とは違ったが、これも嬉しい客のためテルルはすぐに笑顔になる。
「えぇ、私もです! シュマ様とお話してみたいと思ってましたの。色々聞かせて頂けませんか? そちらのお国のお話とか、アンリ様のお話とか」
一人の信者を増やすために、どこまでも本気になれるシュマのことだ。
アンリの話なら、シュマはいくらでも語れるだろう。
「うふふ、それは楽しそう。えぇ、とっても楽しそうだわ。でも、それはまたの機会にとっておきましょう?」
だが今回に限りそれはなかった。
アンリからお願いされていた内容を順守したかったからだ。
「今回は、お話じゃなくて遊びに来たの。ねぇテルルさん、私と一緒に遊びましょう? おままごとは好きよ? ヒーローごっこも好きよ? お人形遊びは最近のお気に入りよ? ねぇ、あなたは何で遊びたい?」
この三つの遊びはアンリから指定されたものだ。
シュマとしては全て楽しい愉しい遊びのため、多少不思議には思ったが何か異論があるはずもない。
「おまま……ごと……ですか?」
だが、肝心のテルルの反応はいまいちだった。
シュマとテルルは14歳。子供というには少し遅い。
数年も前にしていた遊びを提案されてテルルは困惑していた。
おままごとをしようにも、高価な食器が並んでいるこの場では、ただのお茶会との違いがよく分からない。
お人形遊びをしようにも、お気に入りのぬいぐるみは一つぐらいしか残っておらず、汚れが目立つそれを客人に見せることは恥ずかしい。
自ずとテルルは、残った一つを選んだ。
ヒーローごっこ。
おとぎ話に出てくる登場人物に成りきり戦う遊びは、どこの世界でもいつの時代でも人気のものだ。
それが幼い子供達ならば、狙いの役を奪うことが使命にもなるだろう。
だが、5歳ほどであれば楽しい遊びも、小学校を入学する頃には忘れ去られる。
歳を取ってからするには、羞恥心が優ってしまうかもしれない。
「なぜかしら、今宵の風は泣いているわ……」
だがテルルは14歳。大人というには少し早い。
14歳は、アンリの前世で考えればまだ中学二年生だ。
その歳では多くの者が病気にかかってしまう。
「お、お待ちなさい! それ以上近づくと、私の眼が暴走してしまうわ! あぁ、死が、死が視えてしまう! 空が落ちてきそうだわ!」
厨二病。
最初は恥ずかしがっていたテルルではあったが、今では架空のヒーローを自分で作るほどのめり込んでいた。
「テルル様ーお助けいただきありがとうございましたー」
「助けた? 何を言うのよ、私が人助けなんて……私の両手は、既に汚れきっているわ。私はただ殺したいだけ……そう、貴女を縛る呪いを殺しただけよ」
強制的に参加させられている従者は顔を真っ赤にしている。
演技を本気でする気が無く、台詞も棒読みではあるが、役に成りきっているテルルには関係はないようだ。
「ふふ、こんなに楽しいのは久々です。最初はどうかと思ったけど、いざやってみると熱中して──」
また一つの物語が終わり、紅茶を飲みながら休憩の時間が訪れる。
二人はお互いを呼び捨てにするほどの仲になっていた。
「──シュマ? どうしたの?」
そこでテルルは首を傾げる。
ヒーローごっこが始まった時は、テルルと同じぐらい楽しんでいたシュマであったが、段々と元気が無くなってきているのだ。
まるで──
「──楽しくないですか?」
テルルは不安になる。
兄の”怠惰”の能力の弊害か、テルルにまともな友人はいなかった。
折角同世代の子と仲良くなれる好機だが、何か自分が失敗してしまったのかと焦ったのだ。
「うふふ、楽しいわ。楽しいけど、もっと楽しくしたいの。もっと、もっと楽しく。だけど、今じゃ少し足りない気がするわ。遊びにも全力を尽くせ。
自分のせいではないと知り、テルルはホッと息を吐く。
自分だけじゃなく、シュマにももっと楽しんで欲しいと、心の底から願ってしまった。
「足りない……ですか。何か使用人に持ってこさせましょうか? 衣装? 道具? 何が足りないのですか?」
「全部。全部足りないのよ」
シュマは本気で残念がり首を横に振る。
その辛そうな表情を見て、テルルはおろか使用人達まで心が痛くなった。
考え込むこと数分、シュマは勢いよく顔を上げる。
「そうだわ! テルル、エリュシオンに行きましょう! あそこなら何でもあるの! 悪役が持つべき武器も、ヒーローが戦う舞台も! 戦う舞台だけじゃないわ、準備する場所もある! 戦うだけが全てじゃ、ないものね?」
言うや否や、シュマは<
「シュマ!? ちょ、ちょっと!」
そして、テルルもまた入っていく。
その光景を使用人たちは見ていたが、止めることは無かった。
そして、命令されていないのでネスに報告することも無い。
こうしてエリュシオンは、いとも簡単にテルルの拉致に成功した。
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