227 下準備

 自爆しかできない<悪逆の右腕メフィスト・ハンド>のスクロールを受け取ったオズは、他の客の分も含めて支払いを終えると、悠々と帰っていった。

 奢りにも関わらず一切の感謝の念が出てこないのは、支払った金貨が複製された物だからだろう。


「嵐のような男じゃったな……さて、これからの行動じゃが……」


 オズがいなくなった今、アンリ達の卓には静寂が訪れていた。

 カスパールの言葉を最後に、誰も言葉を発さなくなる。


「……?」


 突然会話が止まったことに、シュマは首を傾げた。


「どうしたの? 何でお喋りを止めちゃうの?」


 シュマから質問されたのにも関わらず、アンリは沈黙を貫いている。


「何をしておるシュマ。アンリは何も言葉を発しておらんじゃろうが」


 代わりに、カスパールがシュマに指摘する。

 酒場に来た直後ではシュマは腹を立てていたため、今の言葉の意味が分からなかっただろう。

 だがオズのお陰か、普段の自分を取り戻したシュマは、カスパールが続けて言いたかった言葉を瞬時に理解した。


“だったらプランAのままじゃ。お主はさっさと、予定通りに行動をおこせ“


 何も言っていないカスパールにシュマは頷き、腰をあげる。

 そして、スカートの端をつまみ綺麗な御辞儀をした。


「それでは兄様あにさま、私、そろそろ行ってくるわ」


「何処へ行くんだい?」


「遊びに行くの。誰がいいかしら……やっぱりテルルとが楽しそうだわ」


 シュマの返事を聞いたアンリは笑みを浮かべる。

 それを確認したシュマも笑うと、一人で酒場から出ていくのであった。




「ふむ、お主の推測通りじゃな」


 アンリは面会の前に、ネスと近しい者と親密を深めるよう、予めシュマにお願いしていた。


 だが、シュマの仲良くするは、正常な者にとっては害でしかない。

 ネスから”害となる一切の行動を禁ずる”と命令を受けたため、真に受けるとそのような行動はできないだろう。

 実際に、アンリは命令を受けた後にもシュマにお願いしようとしたが、どうしても口から言葉が出なかった。


「あはは、大罪人の能力は強力だけど、杜撰ずさんな部分もあるからね」


 シュマ本人にしてみれば、仲良くすることが相手の害になるとは、疑ったことすらないだろう。

 ”怠惰”の能力で強制できる内容は、命令者や対象者の解釈により変動が起こることは、シュマの”色欲”の件から推測しており、それが正しいと分かったためアンリは上機嫌だった。


「害を加えるなと言われただけで、守れとも言われてないからわしらもシュマを止めずにすんだわけじゃな」


「そういうこと。いやぁ、ネスもいい人だよね。わざわざ自分からヘイトを溜めてくれるなんて、これからの検証が楽しみで仕方ないじゃないか」


 普段はそこまで乗り気ではないカスパールだが、これには大賛成だったようだ。


「くく、あのど阿呆め、あれだけ偉そうにしておったあやつが、ただの実験動物モルモットだと知った時の顔が見ものじゃな。自分がアンリに何をしたか、身をもって思い知るがいいわ」


 未だ怒りが収まっていないカスパールを見ながら、アンリは酒を飲みながらそれにしてもと考える。

 ネスが極端に不平等な条約を突きつけたことはどうでもいいが、その理由が全く分からなかったからだ。


(実は他の国とも秘密裏に条約を結んでる? いや、それは無いか。それならもっと危険視されてるはずだし。裏で糸を引いている人物がいる? それか僕のことを変に悪く吹き込んだか……うーん……ま、今考えても仕方ないか)


 ”怠惰の大罪人”であり一国の王であるネスを操れる人物など、アンリには全くの検討が付かない。

 どんなに深く考えても、現在出来ることは憶測の域を出ないため、答え合わせはネスの最期の時にすることにした。

 

「それで? オズには何をさせるんじゃ?」


「あぁ、彼には毎日ネスに届け物をしてもらおうと思ってるんだ」


「? それだけか?」


 カスパールはそう言うが、一国の王に毎日直接届け物をするなど、中々に重たい仕事だ。

 危険度は少ないかもしれないが、名誉が欲しいオズは喜んで引き受けるだろうとアンリは推測していた。


「彼に何かを期待しているわけじゃないんだ。彼がどうやって”怠惰”の能力を回避するのか、こっそりと見てみようと思ってね」


「ふむ、なるほどな。一応言っておくが、オズを信頼し過ぎるなよ? 上手く言えぬが、あいつは何かおかしい気がしてな。どこか壊れておるというか……これまで出会った大罪人の雰囲気に近いというか……」


 具体的な言葉を口に出来ないカスパールは歯切れが悪い。


「あはは、何それ? 女の勘ってやつ? 大罪人に近いなら、僕と相性がいいはずだよね」


 特にカスパールの勘に助けられたことのないアンリは、この言葉を真に受けることは無かった。

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