226 禁忌箱2

「それで認識阻害魔法オプティカル・ビーのスクロールが欲しかったんだ」


「そうダヨ。スクロールは一度しか使えない? ノンノンノン、私に限っては、いくらでも利用可能ダヨ!」


 アンリは「欲しいのがこの程度の魔法で良かった」という言葉をなんとか飲み込んだ。

 複製する禁忌箱デュープリケート・ボックスの存在を知らずに<神の杖ロッズ・フロム・ゴッド>のスクロールでも渡してしまえば、この派手好きな男のことだ。一日で世界が崩壊するかもしれない。


 認識阻害魔法オプティカル・ビーを無限に使えることは、厄介になりえど、脅威にはならない。


(まぁ、ヤールヤがいれば看破できるし別にいいか)


 何よりシュマがオズを気に入ってしまった。ならば、なるべく期待に沿ってあげたほうが全員が幸せになるだろう。

 他の攻撃魔法よりも幾分かましであるため、アンリは認識阻害魔法オプティカル・ビーのスクロールをそのまま渡すことにした。


「アハハハハ!! ありがとう死ノ神タナトス、心の友ヨ!」


 スクロールを受け取ったオズは目に見えて喜んでおり、今にも踊りだしそうだ。


「そういえば、さっき君達は何を悩んでいたのかネ? 貰ってばかりじゃ悪いからネ、私が助けてあげるヨ?」


「部外者は引っ込んでおれ。これはわし達”永遠の炎”の問題じゃ」


 カスパールは拒絶するが、オズはぐいぐいと距離を縮めてくる。


「そんな寂しいこと言わないでヨ? 私にできないことなんて、死ノ神タナトスから花を奪うことぐらいダヨ?」


「別にお主の力を借りずとも問題ない。助力がいるほど、わしらが困っているように見えたか?」


「まぁまぁ、そりゃ私が何もしなくとも解決できると思うヨ? でも、私が協力したらより早く解決できるかもヨ? ならそうしようヨ、私達はもう他人じゃないからネ」


 カスパールは拒絶するが、オズに引く気は無いようだ。

 その手には、先ほどアンリから譲り受けたスクロールが握られている。


「それに、これは私自身の為なんダヨ。私が欲しいのは名声だけさ。だから人助けをする。ほら、お金が欲しくて仕事をしている人と何も変わらないよネ? それに死ノ神タナトス、君は本当に凄い男だ。君に少しでも恩が売れれば、それは私にとって何よりもプラスだヨ」


 ”情けは人の為ならず”

 他人に対して情けをかけると、巡り巡って自分に良い事が返ってくるというものだ。


 オズはただただ他人を助けることで感謝され、自分の評判や名声が上がることを目的としていた。

 それに加え今回に限っては、アンリからレアなスクロールを貰えないかという期待もあるだろう。


「うーん、そうだねぇ……」


 折れる様子のないオズに、アンリは質問する。


「オズさんなら、”怠惰の大罪人”から命令されても、なんとかなったりする?」


 その質問は、オズの顔色を変えた。

 オズは周りを見回した後、声を潜める。


「それはつまり、そういう事だヨネ? 少し声が大きいんじゃないのかネ?」


 まさか目の前の男から声量を注意されるとは思わなかったアンリは少し驚くが、笑いながら答える。


「あはは、大丈夫。随分前から、周りに僕らの声は聞こえてないよ。それで、さっきの質問の答えは?」


 ”大罪人”は非常に強力であり特別な存在だ。

 それに対抗することができるのは、同じ大罪人ぐらいしかいないだろう。

 いくら優秀といえ、オズが”怠惰”に対抗できるとは、アンリはまるで思っていない。

 そのため、この質問はオズを諦めさせるためのものだった。


「ふふ、いいヨ、問題ないヨ。少し骨は折れるけど、私なら”怠惰”の能力を回避することは可能ダヨ?」


 これに一同は大きく驚く。

 アンリに至っては、オズへの警戒心を一段階上げた。

 ”怠惰”に対抗することができるオズは、別の大罪人ではないかという疑いが真っ先に立ったからだ。


「あはは、じゃぁオズさんにも協力をお願いしようかな」


 そのため、アンリはオズの助言を引き受けた。

 オズの能力を見極め、場合によっては今度こそ確実に始末するために。


「よし、イイネイイネ! しかし、この国の王に喧嘩を売るつもりとはネ……私から、もう一個だけいいかネ? 君の花火の魔法、私にも教えてくれないかネ? あの魔法のスクロールはないかネ?」


 オズが言っているのは、以前アンリがオズを殺すつもりで打ったオリジナル魔法、<悪逆の右腕メフィスト・ハンド>だ。

 あれだけ派手に人間が爆発するため、オズの興味を引いたのだろう。

 だが、アンリは首を振る。


「残念だけど、オズさんがあれを使うことは難しいよ」


 <悪逆の右腕メフィスト・ハンド>は<善行の右腕ファウスト・ハンド>とセットとなって初めて有効な魔法だ。

 <善行の右腕ファウスト・ハンド>でアンリの魔力を対象者の体内にまで満たし、限界までため込んだ魔力を<悪逆の右腕メフィスト・ハンド>で一気に膨張させることで花火のような爆発が起きる。


「自分の魔力を相手の体内に満たすのは、中々の力技なんだ。僕以外の魔力量じゃぁ……キャスやシュマでも難しいと思う。いくらオズさんでも、それは無理かな」


 それを聞いたオズは、目に見えて落胆していた。


「自身の体にだったら抵抗なく魔力を溜められるから、自分が花火になるならできるけど……流石にそれじゃぁ意味ないし」


 だが、アンリの呟きを聞き取ったオズは、両手でアンリの肩を掴んだ。


「いい! いいヨそれで! 自分が花火になる! それが、私がしたかったことなんダヨ!!」


 好きな物には自分も成りたい。以前シュマが言っていたことだ。

 まさかオズが園児並みの感性を持っているとは思っていなかったアンリは、本気でオズの頭を心配したのだった。

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