225 禁忌箱1

 ダンジョン。

 それは「剣と魔法の世界では必要不可欠である」という浪漫に基づいて、AIが世界改変時に作成したものだ。

 たが世間一般では、ダンジョンはどのように存在しているのか、なんのためにあるのか、その全てが謎に包まれている。


 世界には様々なダンジョンがあるが、共通しているのはどれも危険な場所だということだ。

 群れを成して襲ってくる魔物たち。

 侵入者の道を阻む凶悪な罠の数々。


「その時の探索は、一際厳しいものだったヨ。私も元はAランクのパーティーを組んでたけどネ、全員、死んじゃったヨ。助かったのは私だけ。一人では脱出も難しい。魔物を避け、命を優先している内に時間だけが過ぎていき、残された食料はパン一つ。本当に終わりだと思ったヨ。分かるかネ? 空腹であの暗闇は地獄ダヨ。私の周りには、私と同じようにお腹を空かした魔物がウヨウヨいるんダヨ?」


 悲痛な声で語るオズに、シュマは興味津々で引き込まれていた。


「流石の私も、己の死を悟ったヨ。どんな努力も、想いも、あそこでは何の役にも立たない。私は脱出を諦め、あろうことか奥に進んダヨ。せめて死ぬ前に、冒険者の夢を見たかったからネ」


 それでも、冒険者は皆ダンジョンの奥を目指した。


 名声を求めた者もいれば、自らの修練のために潜った者もいる。

 その中でも一番の目的であり魅力的なものは、ダンジョンの財宝だろう。


 ダンジョンでは、世界改変前の技術を活用した魔法具を手に入れることができる。

 ダンジョンの中でも最奥に祀られていたり、完全ランダムでドロップしたりと、入手方法はバラバラではあるが、どれも入手することは稀である。

 特にその財宝が強力であればあるほど確率は低くなり、この世で一つしか存在しないユニークアイテムであれば、宝くじが当たるよりも珍しい物だ。


「あそこが人生の分水嶺だったネ。奥に進んで本当に正解ダッタ。全てを諦めかけた時、私は見つけたのダヨ! とんでもなく貴重なアイテム、複製する禁忌箱デュープリケート・ボックスをネ!」


 オズの長い長い武勇伝を聞いているうちに、アンリは4杯目のエールを注文していた。

 シュマが喜んでいるため水は差さなかったが、やっと物語の核心に入ってきたため話を聞く姿勢に戻る。


複製する禁忌箱デュープリケート・ボックス? それ、どんな魔法具なの? 見せてくれない?」


「アハハハハ! 残念ながら私の最も貴重な魔法具だから、普段は携帯しないようにしているヨ! 効果も本当は秘密だけど、君達だけに特別に教えてあげるヨ!」


 オズは両手で箱を表現する。

 それはティッシュ箱程度の小さなものだ。


「一見するとただの箱ダヨ? でも、デモネ、勿論ただの箱じゃあないんダヨ! 素晴らしい箱ダヨ! 神の箱! いや、神様では無理ダネ! 悪魔が創造した禁忌の箱ダヨ!」


 複製する禁忌箱デュープリケート・ボックスの効果はシンプルなもので、その名の通り中に入れた物を複製する魔法具だ。

 オズは禁忌箱を手に入れるや否や、すぐに一切れのパンを何度も複製し飢えを解消した。

 攻撃用の消耗品も大量に複製し、ふんだんに活用することで、一人でもなんとかダンジョンを脱出できた。


 そこからは、オズの新しい世界の始まりだった。


「まず私が複製したのは金貨ダヨ。こんなに簡単に稼げるなんて、これまでの努力はなんだったのだろうネ!」


 この世界で広く浸透している通貨には、日本銀行券のように記番号で識別されていない。

 そのため、複製する禁忌箱デュープリケート・ボックスなら一切の問題なくお金の量産が可能であり、複製された物は本物なので偽物だと指摘される心配もない。

 オズは一晩を使い、巨万の富を築いたのだった。


「ダケドネ、豪邸の一室を金貨まみれにして泳いでいる時にふと悟ったんダヨ。富をいくら築いても、虚しいばかりだとネ」


 それは富を築くことより、変な遊びが虚しかっただけではとアンリは思うが、ノリノリのオズに水を差すことはしない。


「次に私が求めたのは名声ダヨ! 男なら誰でも一度は憧れたヨネ!? 全ての人類が私を認知し、称えるのダヨ!」


 オズはダンジョン脱出の時に培った要領で、高額なアイテムや罠をいくつも使い、上位種の竜を一頭仕留めることに成功する。

 その後、討伐証明にあたる角を、複製する禁忌箱デュープリケート・ボックスでいくつも複製した。


「AランクからSランクに上がることは簡単だったヨ。それもこれも、禁忌箱様様だね!」


 一日に何十も上位竜の角を持ってくるAランクの冒険者に、冒険者組合は直ぐに昇進試験を打診した。

 職員や試験官に膨大な賄賂を握らせれば、ソロでもSランクに上がることは容易かっただろう。


「アハハハハ! どうダネ、素晴らしい魔法具だろう!?」


 上機嫌で語るオズは、ふと何かに気づき大きく慌てる。


「あ、あげないヨ!? いくら君でも、あの箱だけは無理ダヨ!?」


 勢いのままに、オズは初めて他人に複製する禁忌箱デュープリケート・ボックスの効果を説明してしまったが、これだけ貴重な魔法具だ。

 並みの冒険者相手ならそこまで問題ないが、アンリが本気で奪いにきたら厄介だと心配したのだ。 


「あはは、安心して。そんなの別にいらないからさ」


 だが、アンリにその気はないと知ると肩を撫でおろした。


(お金なんて困ってないし、エリュシオンでは電子マネーだから複製は不可能だ……オズさんが来ても悪影響は無いか)


 アンリにとっては、複製する禁忌箱デュープリケート・ボックスがそこまで貴重な物には思えなかった。


(欲しい物があれば、作ればいいだけだしなぁ)


 別に箱に頼らなくとも、現物があれば自身で同じ物を再現すればいいだけだ。

 この発想にいたる冒険者は、アンリ以外にはいないだろう。

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