224 昨日の敵は

 アンリとオズが睨み合うことにより、酒場の一角は緊張に包まれる。


「……ぷっ」

「……くくっ」


 かと思えば、その場の雰囲気は真逆のものになった。


「あははははは!!」

「アハハハハハ!!」


 両者が大きな声で笑い出したのだ。


「いやはや参ったヨ! そちらのお嬢さん方を君から奪うなど、私では何百年かかっても無理そうだネ! 降参ダヨ! 今度こそ降参だ! それが駄目なら、何度か殺してもらっても構わないヨ!」


 アンリから花と比喩された女性陣の表情を見て、オズは早々に勝負を諦めた。


「あはは、ごめんごめん、これじゃ魔法の腕の競い合いではないよね。僕も降参でいいよ。あの時、僕はあなたを確実に殺したと思ってたんだ。出し抜かれたという点では、オズさんが僕の一歩先を行ったからね」


 アンリはアンリで、オズとはもう戦う意思はないようだ。

 だが、念のためにシュマに目配せをする。


「うふふ、オズさん、私に本当のことを教えて? トカゲさん達をけしかけたり、私達の国に怪しい人たちを送ってきたのは貴方?」


「うん? 何のことか分からないヨ? とりあえず、まぁ、私ではないのだろうネ」


 シュマの”色欲”の能力で質問されたため、オズは嘘をつけるはずがない。

 これにより、アンリはオズに対しての猜疑心さいぎしんは一切なくなり、何なら同じ冒険者の仲間のような認識になった。

 これはオズの人柄、つまり人としての力なのかもしれない。


「それにしても死ノ神タナトス、君は本当に強いのだネ!? SSランクなどふざけた話と思っていたけど、君なら納得ダヨ! いやぁ、そんな君でも私を殺すことはできなかった。これは誇っていいのだろうネ!」


「あはは、勝負を続けるなら、僕にも方法はあるんだよ? 死ななくても地獄があることを教えてあげようか?」


 その言葉に、オズはブルリと体を震わせる。


「いやいや、止めておくヨ。しかし成程、そうダネ……殺されなくとも一生拘束されると辛いものがあるネ……何か対策を考えないと……」


 何かを考え出したオズに、アンリはそういえばと話しかける。


「オズさんって魔法具にえらくご執心だよね? 僕が提供できる魔法具……といえるか分からないけど、スクロールなんてどう? 勝負は引き分けだけど、オズさんとは仲良くしたいから、どんな魔法でも特別に譲ってあげるよ?」


 スクロールビジネスを世界で流通させたい。そういった想いからの提案だった。

 Sランク冒険者と名高い”仮面のオズ”であれば、この上ないインフルエンサーになると思ったのだ。

 そしてこれに、オズは思いのほか食いついてきた。


「スクロールに、好きな魔法!? どんな魔法でもいいのかネ!? 欲しい、欲しいヨ!」


 オズはスクロールの存在を知っていた。

 知っているどころか、その有用性に魅了され、大金を叩いて活用するヘビーユーザーだったのだ。

 これなら既にインフルエンサーになっているかと思ったアンリだが、今更「やっぱり駄目」とは言えず、希望の魔法を聞くことにした。


「え? 認識阻害魔法オプティカル・ビー?」


 オズが希望した魔法は、アンリの予想外のものだった。


 スクロールの魔法は一度しか使えないという制限がある。

 ならば、選ぶ魔法は大規模な魔法なのだと思っていた。


 一瞬で敵軍を消し去る<神の杖ロッズ・フロム・ゴッド>。

 どんな傷でも魔力が続く限り永続的に完治させる<全自動回復魔法フルオート・リジェネ>。


 無論、オズがそんな魔法を知らなかったということもあるが、悩む間もなく選んだのは認識阻害魔法オプティカル・ビーという、有用ではあるがなんとも地味な魔法だった。


「そんなのでいいの? 一回使ったら終わりだよ? 覗きにしても、一回しかできないよ?」


 アンリは確認するが、オズの意思は変わらない。


「いい! それでいい! それがいいヨ! 一回キリ、てんで問題なしダヨ! さぁ、早くそのスクロールを頼むよ心の友ヨ!」


 いつの間にか心友にされていたアンリは、希望のスクロールを渡しながらも腑に落ちなかった。

 認識阻害魔法オプティカル・ビーとまではいかなくとも、認識を阻害する魔法は別にも存在する。

 魔法に名高いオズであれば、当然その魔法も利用できるはずだが、わざわざ隠蔽能力の向上を図った理由が分からなかったのだ。

 目立ちたがり屋であるオズが選んだということも、違和感を持たせるには十分だった。


「ありがとう心の友ヨ! これがあれば、私の世界はまた変わる!」


 アンリはシュマに目配せする。

 それだけで、シュマには意図が通じたようだ。


「ねぇオズさん、私に教えてくれない? なんで、そのスクロールを選んだの? その魔法をたった一回唱えただけでは、世界は何も変わらないわ」


 またもやシュマに命令され、オズは嘘偽りなく回答することとなる。


「ふふ、聞きたいかネ? いいヨ、君達は特別だから教えてあげるヨ! 私はね、見つけたのダヨ、ダンジョンの最奥でネ」


 いつも通りの大げさなジェスチャーを交え、オズは語りだした。


「見つけたのダヨ! 禁忌の箱をネ!!」


 ”色欲”の効果がなくともオズは得意気に話したのではと、アンリは疑問に感じていた。

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