221 怠惰
大罪人の能力の中で、服従の能力は二つある。
アエーシュマが持っている”色欲”と、イドゥールネスが持っている”怠惰”だ。
”色欲”は、相手が異性であることが条件ではあるが、如何なる命令も可能となる強力なものだ。
対して、”怠惰”は対象に制限はない。
生物である限り、誰しもがネスの命令には逆らえない。
「ふん、余の命が目的か……貴様が何人目になるのだろうな。今後、余と余の国に害となる一切の行動を禁ずる。あぁ、余の妹テルルを相手にしても同じだ」
命令されるや否や、アンリはネスの命を絶つ魔法を唱えようとする。
だが、それはどうしても行動に移せない。
(本当に言う通りになるな。不思議な感覚だ……脳と体が切り離されているような)
初体験を楽しみつつも、確かめたかった事項を一つ消化したアンリは、更に検証を行う。
「あはは、君達の害になることはもう出来ないけど、テルルだっけ? その分あの子と仲良くすることにするさ。ほら、さっきの感じだと、僕に少なからず好意を持ってそうだったし。ぷっ、あはは、笑っちゃうよね、あんな
アンリの挑発に、ネスは鬼の形相になる。
初めて腰を上げたと思えば、手元にあった剣を鞘から抜き、アンリに向かって振り下ろした。
──キィィィン
だが、その剣は魔法障壁に阻まれ届かない。
「あはは、どうしたのネス、何か気に障ることでもあった? 僕の魔法障壁が固いのなら、解除でもお願いしてみる? お義兄様の頼みなら、一度ぐらいなら斬られてあげようか?」
ネスのこめかみには、血管が浮き出ている。
どれ程の力を込めても、アンリの障壁を破ることはできない。
正攻法でアンリの障壁を打ち破ることは、尋常である限り不可能だろう。
「下種が……命令だ、テルルを泣かせるようなことはするなよ」
アンリを斬ることを諦めたネスは、再びベットの上に寝そべった。
それ以上の命令をしてこないことに、アンリはほくそ笑む。
(やっぱり命令してこない。噂は本当かもしれないな)
対象者が制限されない服従の能力。
それだけ聞くと”怠惰”は”色欲”の上位互換と思えてしまうが、実際はそうではない。
”色欲”が対象者に条件がある一方で、”怠惰”には命令内容に条件がある。
術者本人からの情報では無いので推測ではあるが、対象者の命に関わることは命令できないのだ。
実際には、ネスにアンリが斬られても死ぬことはない。
だが、アンリの回復魔法を知らないネスは、アンリを殺すことは諦めていた。
その後の命令も可愛いものだったので、苦痛を与える命令も困難なのだろう。
(まぁ、それでも十分強力な能力だよな)
そもそもまともな人間であれば、人に苦痛を与える命令はしない。
ネスはその能力を十分に活かし、従来ではありえない速度で不可侵条約を結んでいった。
(となると、謎は深まるばかりか……)
アンリはレッドドラゴンに襲われた件を思い返す。
”怠惰”の能力は対象を選ばない為、ドラゴンに命令をし、アンリを襲わせることは可能だ。
だが、アンリの力を見せつけた後であれば、それ以降も襲うことは自らの命に関わる。
仲間を殺されたことで自分の命も危険に感じたはずだが、それでも洗脳の類を受けていたドラゴン達の様子を見るに、噂されている”怠惰”の能力とは違っていた。
それだけではない。
レイジリー王国からの間者にしてもそうだ。
確かに”怠惰”の能力であれば、記憶が飛ぶ便利な間者を作ることは可能かもしれない。
だが、エリュシオンに来た間者は例外無く皆殺し、もしくはミキサーにかけている。
膨大な数の人間が消息を絶っていれば、その命は無くなったと思うのが普通だろう。
にも関わらず新たな間者を作れるのは、これもまた条件が違っている。
(となると犯人は別か……? 一体何のために?)
アンリはまずネス以外の人物を疑った。
大罪人であるネスを隠れ蓑にして、暗躍している凄腕の魔法使いがいるかもしれないと思ったのだ。
だが、その目的が不明であれば、大罪人をいいように使える存在も信じがたいため、非現実的な話だった。
(いや、先入観にとらわれるな。そもそも大罪人の能力なんて、本人以外分からないし……)
”怠惰の大罪人”は、対象者の命に関わることは命令できない。
これはあくまで推測だ。
ネスがこれまで人の命を奪ったことがないため、各国からはそう考えられている。
アンリはそこに疑問を持った。
「面倒くさい」が口癖のネスが、わざわざ人の命を奪うことが無かっただけではないのか。
大規模な討伐軍の編成を恐れ、危険視されないために秘匿しているのではないか。
だが、アンリのこれもまた推測であり、本人以外には確認しようがないものだ。
「あぁ、命令はこれだけではない。お前の国、エリュなんとかと余の国レイジリーで結ぶ条約を考えてやったぞ。ほれ、よく見ろよ」
手持ちの情報でどう判断するべきかと悩んでいたアンリだったが、意識は完全に条約の内容に持っていかれるのだった。
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