220 レイジリー国王

「遠路はるばる、ようこそレイジリー王国へ。アーリマン・ザラシュトラ様、私達は貴方を歓迎します」


 国王の城に到着したアンリ達は、従者から案内を受けていた。

 丁寧な言葉遣いではあるが、その顔は全くの無表情であり、敬意を微塵も感じさせない。

 にも関わらず、アンリとカスパールは勿論、シュマまでもまるで気にしていなかった。

 それは、イドゥールネスの能力を知っているからだ。


「さぁ、この扉の先がレイジリー国王のお部屋になります。それでは私はこれにて失礼いたします」


 だが、従者が案内を終え、アンリが扉を開けた時、流石に一行は驚きを示した。


「ここって……私室? ここで他国の皇を迎えるなんて……あはは、さすが怠惰。そりゃ烙印を押されても仕方ないよね」


 王が他国の者と会うには、広めの部屋で近衛や従者が陪席しながらが普通だろう。

 それが国王自らの自室で護衛も無しに会うなど、非常識にも程があった。


「よく来たな、レリ……エリュ……エリュリン……新国の王よ。その辺に座れ。あぁ、転がっている物はどれも価値がないから雑に扱って構わん。適当にどかせよ」


 座りながら声がした方向を見て、アンリ達は再度驚きに包まれた。


「余がイドゥールネス・レイジリー。この国の王だ」


 他国の王が挨拶に来たというのに、イドゥールネスは自分のベットで横になり肘をついていた。

 食事もそこでしているのか、ベッドの上は遠目でも分かるぐらいに汚れている。

 カスパールは言葉を失い固まっているが、イレギュラーに慣れているアンリは自らの自己紹介を始めることにした。


「エリュシオン、の皇でございます、アーリマン・ザラシュトラと申します。この度は、ご挨拶の場を与えて頂き──」


「──敬語は止めだ、面倒くさい。堅苦しいのも止めだ、面倒くさい」


 挨拶を途中で止められたが、イドゥールネスの提案がありがたかったアンリはそのまま乗ることにした。


「あはは、そうさせてもらおうかな。じゃぁ僕からもいいかな。僕のことは親しみを込めてアンリって呼んでもらっていいかな?」


「いいだろう。ならば余のことはネスと呼べ」


 ネスは30歳を超えており、14歳のアンリとは一回り以上は慣れている。

 それでも、前世ではネスと同年代だったアンリは、直ぐにタメ口に切り替えた。


 会話上では大きく距離が縮まっている。

 だが、実際には全く違う。

 アンリとネスはお互いを警戒しているのか、心の距離は一切近づいていなかった。


 若干重たい空気が流れているが、それを壊したのは第三者だった。


「ねぇ、先ほど見えたお客人に、私からもご挨拶を……って、えぇ!?」


 現れたのはアンリと同年代の少女だ。


「お兄様!! ご客人をこんな汚い部屋にお通しするなんて、なにを考えているのよ!! それにこの方って、お若いけど一国の主じゃないの!?」


 ネスは怠惰に相応しい体格をしているが、現れた少女は華奢であり別の生き物かと思う程だ。

 それでも、少女の言葉を信じるのなら、血のつながった兄妹なのだろう。


「テルル、勝手に部屋に入るなと……言った覚えは無かったな。今後は入るなよ」


 妹の登場にネスは項垂れているが、彼女の言葉は止まらない。


「お客様、こんな見苦しい場所をお見せして大変申し訳ございません! あ、あの、私、テルルっていいます。恥ずかしながら、そこにいる不肖の兄の妹になります」


「僕はアンリ。よろしくね、テルル」


 アンリの笑顔に、テルルは頬を赤く染める。

 ネスとしては面白くない光景だった。


「こっちは僕の妹のシュマ。シュマ、テルルと仲良くしてあげるんだよ?」


「うふふ、えぇ、勿論。きっと私達、仲良くなれるわ」


「私もそう思います! シュマ様ってアンリ様の妹なの!? よろしくね!」


 アンリとネスの距離は遠いが、シュマとテルルは直ぐに距離を詰めていた。

 同世代ということに加え、兄が王様であるという共通点が、二人の親交を更に加速させる。


「テルル、余は大事な話をしている。どっか邪魔にならぬ所に行ってろよ」


「なっ!? ちょ、ちょっと、お兄様! 私はまだアンリ様やシュマ様とお話ししたいのに! 酷いです!」


 ネスに命令されたテルルは、強く反論する。

 しかし言葉とは裏腹に、その足はきっちりと来た道を戻っていた。


 余程不満があったのだろう。

 テルルの姿が見えなくなっても、暫くの間は抗議の声が届いていた。


(成程……これが”怠惰”の能力か……)


 アンリが思案していると、ネスは本題に切り替える。


「それでアンリ、貴様はレイジリーに何をしに来た。正直に言え」


「この国に戦争を仕掛けに来たんだ。戦争をしたいってのもあるけど、なるべく大罪人は始末しておきたいし、検証したいこともあるしね」


 アンリが嘘偽りなく理由を述べたことにより、この場は再度緊張に包まれた。


(自分の意識は明確にあるけど、体と口が勝手に動く。僕の<隷属化スレイヴ>に似ているな)


 アンリが正直に述べたのは、何か戦略があってのことではない。

 ネスの能力により強制的に述べさせられたのだ。


 ”怠惰の烙印を押された者”


 その能力は順守の力。

 強制的な服従の能力だった。

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