219 正義
ドラゴンの件が片付いたアンリ達は、レイジリー王国の王都に来ていた。
「平和だねぇ。まるでこの国だけ争いから隔離されているようだね」
至る所に植えられ整えられた草花。広場で走り回る子供達。音楽に合わせ歌う吟遊詩人。
目につく全ての光景から和やかな時間を感じる中、アンリは率直な感想をもらす。
「まるで、ではなく、実際にこの国は隔離されておるようなもんじゃろう。完全中立国レイジリー、この国は争いとは無縁の国じゃ」
レイジリー王国は、主要な国の大半と不可侵条約を結んでいる。
戦争を起こさず、起こされず、干渉せず。現国王となってからは、一度も戦乱に巻き込まれたことがない。
「それもこれも、レイジリー国王様のお陰ってわけだね」
どのような野蛮な国とでも和平を結ぶ。
それは、いかに聖人君子であろうが普通なら不可能な所業だ。
イドゥールネス・レイジリー。
レイジリー王国の4代目国王である彼は、不可能を可能にした。
「というより、大罪人としての能力のおかげだろうよ」
”怠惰の大罪人”の烙印を押された者。
イドゥールネスは世界で唯一、その能力を認知されながらも存在を許された大罪人だ。
大罪人の能力はどれも危険なものばかりで、例外なく悪用される。
そのため、大罪人の能力者は出現と同時に討伐対象となり、多くの強者が団結し事に当たる。
しかし、”怠惰の大罪人”であるイドゥールネスはそうはならなかった。
最初はイドゥールネスを討伐しようという動きがあった。
だが、元々争いに長けていないレイジリー王国の人間では、彼を討ち取ることが出来なかった。
無論、”怠惰”の能力が厄介だということもあり、自国の者は討伐を早くから諦めた。
他国の者からすれば、大罪人といえど王は王。
国際問題に発展する可能性を考慮すると、中々手出しが難しく攻めあぐねた。すると、その間にイドゥールネスは次々に諸国と不可侵条約を結びだす。
その早さは、どこが怠惰なのかと疑いたくなるほどのものだった。
いつの間にやら近国全てと不可侵条約を結んでおり、他国からすれば一切の手出しはできない状態になっていた。
イドゥールネス・レイジリーは、盤石な地盤を築いたのだ。
どのように”怠惰の大罪人”を討伐するか、各国の要人は考えた。
考える内に、その着地点は段々とずれていった。
レイジリー王国は他国と不可侵条約を結ぶと同時に、自国に優位な取引条件を策定していたが、そこまで莫大な利益を搾取することは無かった。
イドゥールネスは我儘ではあったが、そこまでの悪逆非道を働くこともない。
つまり、討伐しなくてもそこまで問題が無いのだ。
そのため、他国はイドゥールネスとレイジリー王国については、未対応で問題ないという結論に達した。
「ようは諦めたってことでしょ? レイジリー王国内がどうなってるのかも分からないのに。自分の国が危険じゃないならそれでいいなんて薄情だよね、全く」
「放置するよりも戦争を仕掛ける方がどうかと思うがの。お主はこの平和な光景を見て、何か思うところはないのか?」
アンリは周りを見渡す。
皆が笑い、幸せな世界。
争いとは無縁の世界。
それは、誰もが夢見る理想郷だ。
だが、アンリにとってはそうではなかった。
「まさに怠惰だね。あぁ、なんて堕落した国だ。争いを止め、発展することを諦めた国では、人も成長を忘れてしまう。こんな国、滅んだ方が世のためさ」
当初の予定は変わっていないと理解したカスパールは、険しい顔になり今後の動きを確認する。
「して、どのように戦争の名目を立てるつもりじゃ? いくら国王が大罪人といえど、レイジリー王国は完全な中立を維持しておる。そのような国に戦争を仕掛けるなど……」
中立国に一方的に宣戦布告すれば、悪目立ちが過ぎるだろう。
レイジリー王国に勝利した後、他国からの印象低下を恐れての発言だった。
最悪この世界全てを敵にする可能性を示唆しており、エリュシオンとアンリを案じたものだ。
「え? 長丁場にもならないし、名目なんて後から考えたらいいじゃない。とりあえずは王様の能力を実際に見てみるつもりだけど、その時にちょっと喧嘩を売ってみようかな。もしそれに乗ってこなかったら、無抵抗なまま潰すだけさ」
「そこには正義はあるのかのぅ……」
それは、アンリには到底おかしな発言だったようだ。
「何言ってるのさキャス、あるよ、ある。僕もちゃんと正義を持っているよ」
「お主が正義か……カッハッハ! これはまた面白い。いや何、気を悪くせんでくれよ。わしが知っている正義の定義と随分違っておったからな」
笑うカスパールに対し、アンリもまた笑って返した。
「ぷっ、あはは、そりゃそうでしょ。正義の定義が人類共通なら、戦争なんて起こり得ないよ。大丈夫、勝ったら何も問題ないんだ。勝てばいくらでも正義を吹聴できるんだからね。死人に口なし、敗戦国に主張なしってね」
領土だけでなく、思想も略奪するつもりのアンリに、カスパールは頬を引きつらせる。
それにアンリは構わず、城の門を叩いたのだった。
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