218 方便
「詳細な指示は別途するから、とりあえずはエリュシオンでくつろいでいてよ」
アンリの言葉を受けたレッドドラゴンの群れは、
一時は種が滅びるかという危機的状況ではあったが、今では皆が希望に満ちていた。
「感謝します皇よ。必ずや貴方様のお役に立ってみせます」
最後にチーロンが一言感謝を示し渦に入った後、カスパールは呆れながら声をあげる。
「よくもまぁぬけぬけと。あまり嘘は好かんが……」
「あはは、嘘も方便だよ。ほら、みんなが幸せになったじゃないか」
アンリの望む通りの結果になり、本人は喜んでいる中、カスパールは「それにしても」と疑問を述べる。
「ドラゴン、特に上位の存在であるレッドドラゴンは人間よりも賢いと聞いておったが、よくもあんな真っ赤な嘘にひっかかったな。お主の言うことを否定すれば、それこそ地獄を見ると思ったのかのぅ」
「あはは、真っ赤な嘘ってわけでもないよ。よく言うでしょ? 嘘を信じさせるためには、本当のことも混ぜるべきって。それに、普通の人がドラゴンを危険と認識してるなんて、当たり前のことじゃないか」
アンリは「冒険者の死因の8割はドラゴンのような魔物」と述べた。
つまり、ドラゴンとは特定しておらず、死んだ冒険者の8割が魔物に殺されていると事実を述べただけである。
「数字は嘘をつかないからね。定量的に示されると、データを持っていない人からすれば反論は難しいでしょ? そこに反論できることなんて感情論でしかないんだから」
数字は嘘をつかないが、その使い方次第では嘘をつける。
アンリは、あたかもレイジリー王国の冒険者のほぼ全てがレッドドラゴンに殺されているように伝えていた。
だが、レッドドラゴンが死因となった10万人は全国民を対象としているのに対し、そこの分母に全国民ではなく冒険者のみを持ってくるのは完全な誤りだ。
「まぁ、あの場ではふとした疑問は発言し辛いか……とにかく奴らは、自分たちの存在が望まれていないと理解したのじゃろうな」
「難しくて、私にはよく分からないわ。でも、
「直接の死因は僕だけど、レッドドラゴンがいなければ出会わなかったからね。ほら、ドラゴンも原因だよ」
ただの屁理屈ではあるが、カスパールが一番気になったのはそこではなかった。
「して、新たなビジネスとは? ドラゴンへの騎乗は何度か聞いておったが、他国で行うのか?」
これに、アンリは大きく笑う。
「あはは、そんな馬鹿な! それこそ方便に決まってるじゃないか! 僕はレッドドラゴンを放牧する理由なんて一つしかないでしょ! 美味しく食べるためさ!」
竜王の指輪──現在は魔石のみなっているが──があれば、レッドドラゴンをエリュシオンで放牧することは簡単だ。
だが、アンリはそれだけで良しとはしなかった。
肉の質を上げるため、レッドドラゴンのストレスを排除する必要があったのだ。
「遠い国って言っておいたら、二度と会えなくても不思議はないでしょ? 彼らはストレスなくエリュシオンで暮らせる。僕らはストレスのかかっていない美味しいお肉を安定して食べられる。ほら、Win-Winじゃないか」
果たして、家畜として恐怖を抱えながら一生を終えるのか。
それとも、一生騙されたまま何も気づかず生を終えるのか。
どちらがマシなのか判断できないでいるカスパールに、アンリは魔石を指ではじく
「ほら、僕は彼らにはもう伝えることはないから、これはキャスにあげるよ。さっきあんなに興奮してたから、欲しかったんじゃない?」
アンリから宝石を貰ったカスパールは嬉しくなり、竜の生き方などどうでもよくなった。
「ふむ、ではありがたく頂くとしようかの。それにしても……」
カスパールはこの場に残っているレッドドラゴンに視線を送る。
それは3頭。最初にアンリを襲った竜だ。
「竜王の指輪でも効果は無し……やはり何らかの力で強制的に操られておるのじゃろうな」
「そうだね。やっぱり誰かが僕たちを襲わせたんだ。オズさんは死んだから、やっぱりレイジリー国王が怪しいかなぁ。僕たちの手の内を見るためだったら、今この場も監視されてそうだ」
「ふむ……しかし、わしもお主も感知しておらぬぞ? わしらに気付かせぬとは、かなりの強者か……」
カスパールはキョロキョロと辺りを見回す。
アンリはどうでもいいとばかりに、レッドドラゴンの頭の上に足を置いた。
「まぁ、国王にはこれから会いに行くし、この件は保留かな。誰が相手にせよ、売られた喧嘩は買うだけだよ」
べしゃり、と竜の頭が潰れる。
強く明確な殺気を受けても、残りの2頭はアンリに盲目的な敵意を向けたままだった。
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