217 竜王2

 アンリは唖然とし、目を丸くしていた。


”どうか、どうか命だけは!”

”い、いや、命などいらぬ! この恐怖から解放されるのなら、そんなものなど……”

”地獄の門が開いたのか……神は一体何をしている……”


 カスパールからは忠誠を誓ってくると聞いていたが、実際には救いを求める声が大半だ。

 こうなっては屈強なドラゴンも、チワワのような小型犬に見えてくる。

 だが、指輪の効力によりレッドドラゴンと意思疎通が図れると知り、この状況を前向きに捉えることにした。


 アンリは両手を広げ宣言する。


「大丈夫! みんなは助かるよ!」


 恐慌状態に陥っていたドラゴン達は、何事かとアンリに注目する。


「安心して! みんなの命は無事だ! そして、みんなは自由だ!」


 ドラゴンの大半はすでに未来を諦め、瞳の光は消えていた。

 人間と同等の知能がありながら、アンリの言葉を理解できないでいる。

 だが、”命は無事”、”自由”というワードに惹かれたのか、悲痛な声を潜め、ことの成り行きを見守ることにした。


 雑音が無くなったことを確認したアンリは、加重魔法を解きドラゴン達に説明を始める。


「まずは自己紹介といこうか。僕はアンリ、この地から南にある国、エリュシオンで皇様をさせてもらっているよ」


 重力から解放されたドラゴンの群れの中から、一際巨大なレッドドラゴンが恐る恐る近づいてきた。


「異国の皇よ、及ばずながら赤竜の長を務めさせていただいている、チーロンと申します。皇たる貴方がなぜこのような何もない竜の巣へ? 我らが何か粗相を働いたでしょうか……我らは、死ぬのでしょうか……」


 竜の長という割には、随分と自らを卑下している。

 今は魔石を持っていない為、カスパールにはチーロンの言葉が分からない。

 それでもその身を可能な限り小さくしていることから、極力畏まっていることは察することができた。


「あはは、そんな馬鹿な。逆だよ逆、僕は君たちを助けに来たんだ」


 アンリの言葉を、その場にいる全ての者が理解できない。

 竜達が顔を見合わせていれば、カスパールとシュマも同様に顔を見合わせている。


「異国の皇が我らを助けに……? 申し訳ないが、話が見えません」


「えっと、僕は皇だけど、冒険者でもあるんだ。一応SSランクっていう、中々凄い冒険者なんだよ? そんな僕に、この国レイジリー王国から指名依頼がきたんだよ。”レッドドラゴンを根絶やしにしてくれ”ってね」


 ”根絶やし”という言葉に、弛緩していた空気は再度張り詰める。


「そ、そんな……我らは特に悪事を働いた覚えはない! そのような依頼、なぜこの国の者が……」


「あはは、何言ってるのさ。君たちはドラゴンだよ? 世間は君たちをとても危険だと認識しているさ。ついさっきも、君達が原因でSランク冒険者が死んじゃったしね。実際に冒険者の死因の8割以上が、君達ドラゴンのような魔物に殺されてるんだ。だったら冒険者達が君達に、どういう感情を持っているか分かるでしょ? これまでこんな依頼がなかったのは、それを達成できる冒険者がいなかっただけさ」


 赤竜の長チーロンが何か反論する前に、アンリは言葉を畳みかける。


「実際にレイジリー王国では、1年に10万人以上の人が君達レッドドラゴンのせいで亡くなっているらしいよ? レイジリー王国の冒険者も約10万人だから、ほぼ全ての冒険者がレッドドラゴンに殺されてるってことだね。あぁ、怖い怖い。そんな凶悪なドラゴンなんて、この国にとってはいなくなったほうがいいじゃない」


 アンリの早口に捲し立てられ、チーロンは反論を躊躇する。


「だから、レッドドラゴンの根絶やしこそがレイジリー王国の総意さ。僕ならそれが出来る。だから依頼された。願われた。君たちの死を。みんな、みんな、死ノ神タナトスに願ったのさ」


 加重魔法は解除されているが、チーロンは先ほどよりもはるかに重い何かが圧し掛かっていることを感じた。

 何も言葉を発せず地面を見下ろしていたが、救いを求めて視線を上げる。


 そこには、口角をにんまりと上げたアンリがいた。


「あはは、何を落ち込んでいるのさ。大丈夫、助けるって言ったでしょ? 僕はね、依頼通りに君たちを根絶やしにする気なんて、さらさら無いんだよ」


 自分達の命を握っているアンリが依頼内容を否定したことに、竜達の瞳に再度光が灯る。


「依頼の真意としてはね、君達がこの国からいなくなればいいってことさ。だからね、君達を僕の国、エリュシオンに招待しようと思うんだ。そこなら、何も気兼ねなく暮らせる。何なら、君たちを害する者がいたら、逆に僕が守ることも可能さ!」


 おぉ! と歓声が上がり、その場の空気は明るいものになる。

 竜達がアンリに抱えていた印象は、今では真逆になっている。


「た、大層なご配慮を頂き、ありがとうございます! 貴方様は救世主です……い、一体、なぜそのような救いを頂けるのでしょうか……」


 想定内の質問だったのか、アンリは笑顔を崩さずに即答する。


「あぁ、残念ながら無料で助けるわけにもいかなくてね、ドラゴンの君達にしかできないことを頼みたいんだ。実は、遠い場所……といっても、僕の転送魔法で直ぐに行けるんだけどね、そこで、新たなビジネスをしたいんだ。大きなドラゴンに騎乗して、空の旅。なかなか需要があるんだけど、人を上に乗せるなんてプライドが許さないかな?」


 それだと根絶やしにするかないけど、という呟きを聞き取ったチーロンは、慌てて返事をする。


「人を乗せるぐらい、なんということはございません! 貴方様のために労働できることを誇りに思います!」


「あはは、良かった良かった。それじゃぁ、他国に出しても恥ずかしくないぐらい大きな個体には、そっちのビジネスの支援をしてもらおうかな。これからよろしくね」


 アンリとシュマがとびきりの笑顔を浮かべている横で、カスパールは頬をヒクヒクとさせていた。

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