214 勝負2

「あはは、思ったよりも強いなぁ」


 迫ってくるオズを見つめ、アンリは認識阻害魔法オプティカル・ビーを解く。

 己の目算が正解していたことを知ったオズは、その笑顔を獰猛なものに変え、更に速度を上げる。


「アハハハハ! それはこちらの台詞ダヨ! こんなに心躍る戦いは久々だ! 観客が二人だけと言うのは残念だがね! それでも最後は私──が!?」


 興奮していたオズだが、アンリが自身の右手をグーに握りしめた時、その走りはピタリと止まる。

 見えない大きな手に掴まれたかのように、体は微動だにしていない。


「いでっ!? いででででで!!」


 そして、アンリが右手をぐにぐにと動かせば、オズの体も連動して動き悲鳴を上げだした。


「痛い! 痛いヨ! ちょっとストップ! なんだねこの魔法は!?」


「<善行の右腕ファウスト・ハンド>。僕の魔力を具現化したものだから、いくらあなたでも脱出は難しいと思うなぁ」


 アンリが右手を上げれば、オズの体は宙に浮いた。

 オズは色々と試行錯誤するものの、アンリの言葉通り、見えない手からの脱出は不可能だった。


「いでででっ!!! そ、そうだね、死ノ神タナトス、流石はSSランクだネ! どうやら私では勝てないようだ……いやぁ、強い強い! 参った参った! さぁ死ノ神タナトス、そろそろこの変な魔法を止めて──」


「──駄目だよ、あはは、何言ってるのさオズさん」


 オズの体は段々と高度を上げていくが、それでもアンリの声ははっきりと聞き取れた。


「あなたが言ったんだよ? ”あなたが死んだら負け”だって。だからさ、この勝負にギブアップなんてないのさ。あなたが死ぬまで、この勝負は終わらない」


 アンリが力を込めるにつれ、オズの顔は歪んでいく。

 ついには、声を上げることもできなくなった。


「優秀なオズさんが悪いんだよ? あなただったら、間者の記憶を消すこともできそうだし。それにオズさん、花火好きなんでしょ?」


 アンリは握りしめた手をパッと開く。


「<悪逆の右腕メフィスト・ハンド>」


 と同時に、オズの体は爆散した。

 血の他にも臓器や骨、人体の全てが混ざった爆発は汚い茶色だ。


「まぁ! 綺麗! とっても綺麗!」


 そのような不快を感じる色であっても、シュマは喜び両手を上げている。


「うふふ、良かったわねオズさん。えぇ、分かるわ。好きなものには、なりたいものよね? えぇ、とっても綺麗に打ち上がったわ」


 喜んでいるシュマとは対照的に、カスパールの顔は冴えない。


「はぁ、良かったのか? 奴はあんな調子じゃが、英雄と称された冒険者ぞ? 殺すには惜しい存在じゃったかもしれんが……」


 それでも、オズを始末するのはアンリの中で既に決定事項だった。


 これまでに出会った冒険者の中で、オズの魔法に関しての腕は間違いなく一番だった。

 魔法を重ねるという発想力に加え、それを実行できる能力とそこから生まれる汎用性は底が見えない。


「仕方がないさ。エリュシオンうちに喧嘩を売った相手としては、濃すぎる程に濃厚なんだ。”疑わしきは”だよ」


 だからこそ、アンリはオズを疑った。

 あれ程の魔法を使うオズなら、記憶が消える便利な間者を生み出すことができると推測したのだ。

 大罪人のようなピーキーな能力よりも、器用に魔法を使いこなすオズの仕業と考える方が現実的だった。

 更に、有名なSランク冒険者であるオズが今ここにいるタイミングが出来過ぎていれば、助けに入るタイミングも同様だ。


 誤算があるとすれば──


「それで? その喧嘩を売った相手は死んで終わりか。それともお主の勘違いか。謎は謎のままじゃな……」


 ──オズの体は木っ端みじんに吹き飛び、原形を全く留めていない。

 つまり、アンリの回復魔法をかける対象が見つからなかった。


 死体があれば、蘇生魔法リザレクションをかけ”色欲”で尋問することができただろう。

 一番やってはいけない殺し方をしてしまったことに、アンリは苦笑いする。


「あはは、まぁ、仕方ないじゃない。ほら、いいでしょ? シュマがあんなに喜んでいるんだし」


 上機嫌でくるくると回るシュマを見て、カスパールはため息をつく。


(頭が良いのか悪いのか、時々分からなくなるわい……)


 こと妹が関わるとその程度が落ちていくのは、自他共に認めるシスコンであるが故だろう。

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