213 勝負1

 オズはアンリが勝負を受けたことには喜ぶも、提示された物が良く分からなかった。


「ふふ、それでこそ噂に聞く死ノ神タナトスだネ! それで、魂とは!? 万に一つもないが、私が死んだ場合は何を差し出せばいいのだネ!? 私がダンジョンの最奥で手に入れた、渾身の魔法具を渡せばいいのかネ!?」


 オズは思い違いをしていた。

 魂とは例えであり、自分の魂ともいえる一番大事な物を求められていると思っていた。


「魂は魂さ。オズさん、僕が勝ったらあなたの魂を貰うよ。Sランク冒険者の魂、その輝きはどんなに素晴らしいだろう。死んで終わりなんて悲しいことは言わないさ。死んだ後も、僕のために働くんだ。永遠に従属させてあげる。過労死しても、直ぐに生き返らせてあげる。優秀な人は、僕はずっと使ってあげるよ?」


 だが、アンリは文字通り魂をベットするように言っている。

 死ノ神タナトスに相応しい笑みを浮かべたアンリを見て、オズは焦り両手を前に出す。


「よ、よし! 分かったよ死ノ神タナトス! 少しルールを変えようじゃないか!」


 幾つもの修羅場をくぐってきた冒険者の勘は、時に第六感として例えられる。

 正攻法では勝てないどころか、何か大変なことが起こると瞬時に悟ったオズは、別のルールを模索した。


「君を殺すことは難しそうだネ! どうだろう、私が死んだら負けは変わらないとしても、君は花を獲られたら負けにしないかい!?」


 オズはアンリの胸元を指さした。

 レイジリー国王と会うため礼装を纏ったアンリは、ジャヒーの薦めで胸元に赤いコサージュを添えている。

 エリュシオンでは植物も死滅しているため造花ではあるが、丁寧な造りのそれは、逆に自国の技術を見せつけている。


「も、勿論、それで私が勝ってもその本をくれなんて、格好悪いことは言わないヨ!? 私はプライドの為に勝利するからネ! とはいえ、その本とまではいかなくとも、何か貴重な魔法具は頂きたいがネ!」


 アンリは殺せば勝ち。オズは花を奪えば勝ち。

 明らかに不公平なルールに変えようとしており、女性陣の冷ややかな視線を浴びたオズは、慌てて戦利品も変更する。


「あはは、別にいいよ。どっちにしろ結果は一緒さ」


 アンリが快諾したことに、オズはホッと肩を撫でおろした。

 その様子を見て、カスパールは疑問に感じる。


(勝てないと悟ったわりには、コサージュを獲ることにはえらく自信があるのじゃな……獲るというより、盗ることに自信があるのか?)


「あはははは! そうこなくちゃね! じゃぁ始めようか死ノ神タナトス! いざ、尋常に勝負ダヨ!!」


 カスパールが助言を考える前に、二人の勝負は始まった。

 アンリは魔法の原典アヴェスターグを捲り、魔法を唱える。


『<認識阻害魔法オプティカル・ビー>』


 そして、アンリの姿は消えた。


 これはアンリのお気に入りの魔法であり、幼少期から活用していたものだ。

 空間を歪曲させることで再現した光学迷彩で姿を隠し、ダークエルフの特性として持っている気配遮断を再現することで実現したこの魔法で姿を隠せば、アンリ自身でも存在に気付くことは困難を極める。

 事実、これまでにこの魔法を見破った者はヤールヤといった鼻がきく特殊な種族しかいなかった。


「いざ、尋常に……うん? 尋常に……勝負……したいなぁ……」


 そしてこの魔法は、オズにも有効だったようだ。

 姿を消せば、いくらオズに奥の手があろうがコサージュを盗られることはない。


(一対一の勝負で真っ先に自分の姿を消すとはのぅ……まぁ、アンリに騎士道精神なんて無駄な物を期待しても仕方ないわ……)


 明らかに動揺しているオズをカスパールが不憫に思っていると、呟くような小さな声が聞こえた。


『<小規模爆裂魔法ばんっ>』


 その声と嫌な予感を拾ったオズは、全力で身を屈める。


「ぐぅぅ!!」


 直撃は避けられたものの、左手を失ったオズは顔を歪める。


「あはは、惜しい惜しい。なかなか勘がいいじゃない」


 姿を消したまま喋るアンリに、オズは叫び抗議をする。


「な、なんだね君は! 一発目から殺しにくる奴があるかネ!? こういうのは、もう少し順序を踏むものダヨ!」


「あはは、勝負ってこういうもんじゃないの? プロレスやってるわけじゃないんだからさ。それよりどうするの? ちょっと早いけどもう降参する?」


 だが、オズは全く勝負を諦めていない。

 右手の人差し指を立て左右に振り、アンリの降参勧告を否定した。


「ちっちっち、腕を一本持っていったぐらいでは終わらないヨ? なんたってこれは、真の魔法使いを決める戦いだからネ! アブラカタブラ! <四肢の復活ファウンテン・ヒール>!!」


 緑色の回復魔法に包まれ、失われたオズの左腕は回復する。


 アンリの回復魔法を見慣れているカスパールであっても、四肢欠損を癒す魔法を見ることは珍しいものだった。


「攻撃魔法と回復魔法、どちらも超一流か……いや、この魔力の流れは一体……」


 カスパールが違和感を感じている間に、オズは次の魔法を唱える。


「君がいくら姿を隠そうとね! これならどうだい!? <全ての観客に雷をフラクタル・サンダー>!」


 オズの周囲に、とめどなく雷が落ちる。

 魔法を何重にも重ねられるということは、同時に魔法を発動できるということ。

 ならば、何十もの雷魔法を辺り一面に落とすことは、オズにしてみれば容易いものだった。


 だが、一つ一つは通常の出力の雷魔法であり、アンリに通用するわけがない。

 魔法障壁に阻まれ、雷はアンリに届かない。


「そこだね死ノ神タナトス! 私には見えているヨ!」


 だが、オズにしてみればそれでいい。

 魔法障壁に阻まれ、雷が地に落ちない一点を見つけオズは笑い走り出した。

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