188 side:ヘイラ 後

 私は何をされるんだろう。

 恐怖に竦み、呼吸をするのも難しい。


 大男が冷たい言葉で言い放ってくる。


「後ろを向いて壁に手を当てろ。下着を脱いで尻をこっちに突き出せ」


 その命令に、私はつい笑いそうになった。


 ふ、ふふ、なによそれ。ばっかみたい。

 結局男ってのはみんなこうなのよ。

 そうやって女を力で縛って、弱い者を権力で操って。

 あぁ、本当に傲慢な生き物。

 いいわ、好きにするといいわ。


 私は命令通り下着を脱いだ。

 なんだったら、少しぐらいサービスしてやれば罪が軽くなるかしら。


「ほら坊や、ここが私の大事な部分よ。ゆっくりと楽しんでいくといいわ、今日は時間制限なんか無いんだから」


 私は右手を壁に付き、左手で陰部を広げた。

 興奮した顔を見るため、その体制のまま後ろを振り返る。


「え?」


 だから咄嗟に体を捻じることができた。


 ──ドシュッ


「あああぁぁあっぁぁあぁ!?」


 大男は刀で私の陰部を貫こうとしていた。

 何も動かなければ間違いなく即死だっただろう。


「痛い、痛い痛い! な、何をぉぉ!!? 何すんのぉぉぉおお!!」


 それでも、刀は私を貫いた。

 お腹の側面から刀が出てきている。

 口からじゃなくて良かったけど、それでも痛いし、このままじゃ死んじゃう。


「や、やべぇ! なんで動くんだよ糞ビッチ! あぁ、どうしよう! 悪いアンリ! あぁ、俺はなんて馬鹿なやつなんだ! こんなやつ一人断罪できないなんて! 大丈夫よバアル、失敗は誰にでもあるわ。そ、そうだよな!? 問題ないよな!?」


 大男は、私と同じぐらい焦っていた。

 早く私の傷を癒してほしいけど、大男の方ばかり話が進んでいく。


「大丈夫よバアル。視覚で確認できる部分だけでも、刀は臓器に損傷を与えているわ。加えてあの女の発汗量と動悸の早さ。放っておいても1分を待たずに死ぬわ。バアルはちゃんと断罪できたんだよ」


「ほ、本当かルミス!? そ、そうだよなぁ、俺が失敗なんてしないよな! あっはっは! 良かった良かった!」


 とんでもなく痛くて、なのに眠たくて瞼が重くなってくる。

 でも駄目。ここでそのまま意識を落としたら、絶対に死んじゃう。

 私は、最後の希望に向かって手を伸ばす。


「お、お願い……助けて。何でもするから、お願い」


 だが、最後の希望は首を横に振った。


「残念だけど、それは難しいかな。犯罪者は一律で”Y”と決まってるんだよ」


 薄れゆく意識の中で、私はこの国に来たばかりのことを思い出していた。

 あの頃の私は、期待に胸を膨らませていた。

 なにが、どう間違っていったんだろう。


「ここは……この国は、エリュシオンは楽園じゃなかったの……? 私は……楽園で……幸せに暮らしたかっただけ……」


 その言葉は、アンリクソガキにとってはどうしようもなくおかしなものだったらしい。


「あは、あはは、あははははは!!」


 大声で笑い出したのが不気味で、私は薄目で奴を見る。


「楽園さ! この国は楽園なんだ! でもね、ここはエリュシオン死後の楽園、君達にとっての楽園じゃぁないんだよ!」


 よく分からないけど、私は何か思い違いをしていたようだ。


「ここは、一度死に、転生を果たした僕の楽園さ! そう、僕だけなんだ! ここの全ては、僕だけのためにある! エリュシオン死後の楽園は僕だけの楽園なんだよ! あははははははは!!」


 理解ができない言葉を聞きながら、私の意識は氷の下に落ちていった。
















 そこで死んだと思ったけど、私の人生には続きがあった。

 ”Y”は永遠に生きることができるらしい。

 だけど、”Y”だけの仕事がある。


 それは、冥皇様の妹さんの遊び相手。


「うふふ、あなた、その服も似合っているわ。あとは……肌を白くして、足も長くしなくっちゃ」


 私の役割は着せ替え人形。

 といったパーツを、言われるがままに別の種族と取り換えられる。


「まぁ素敵! アシッドフロッグのたくましい足が、あなたにピッタリだわ!」


 体と精神が拒否反応を示し、痛みと気持ち悪さで意識を失いそうになるが、魔法でそれは許されない。


「うふふ、知ってる? アシッドフロッグの主食は人間じゃなく、小さな虫らしいわ。あんなに大きな体だから、沢山食べないとお腹が空いちゃうわよね。だからね、いっぱいいっぱい捕まえてきてもらったの。ほら、今の貴女は半分カエルなんだから、これもしっかり食べないとだわ」


 回復魔法を定期的にかけられるとはいえ、三日で髪は抜け、肌は皺だらけになり、私の見た目はお母さんよりも随分と歳をとってしまった。

 隣の着せ替え人形も大きく顔が変わったせいか、どこかで会った気もするがどうしても思い出せない。


「どうしたの? 食べないの? 嫌だわ、お人形は私の言うことを聞いてくれると教わったわ。悲しいわ、不良品はいらないから、ぐちゃぐちゃに壊しちゃおうかしら……うふふ、それはそれで、とっても気持ち良くなれるかしら。それとも諦めないでもう一度躾けてみようかしら……あら? うふふ、大丈夫よ。そんなに急いで食べなくても、残りはいっぱいあるんだから」


 あの子が早く外出しますように。私のようなガラクタに早く飽きますように。

 ずっと、ずっと、痛みに耐えながら唯一の救いを願っている。




 あぁ、私は恨んでいる。

 私はあの子を恨んでいる。


 私が恨むのは、あの時私に”O”を告げたメイドだ。

 確かジャヒーという名前だっただろうか。


 だって、あのまま”X”であれば、ジュースになれたんだから。

 私は目の前のジュース達を見ながら、羨ましいと、憧れを抱いていた。


 あぁ、そういえば私のお腹の子、どこにいったんだろうな。


 一瞬、そんなことが頭の片隅をよぎったが、すぐに苦痛と渇望に埋もれていった。

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