182 折れた鼻

「結婚して! 結婚してください! カスパールさん、どうか、どうか俺と結婚してください!!」


 突拍子のない行動にハイエルフと龍人ドラゴニュートが困惑している中、告白を受けたカスパールは立ち上がり、ゆっくりと返答する。


「顔が悪い」


 その言葉に、ハーリッヒは自尊心を削られた。


「口も悪い」


 その言葉に、ハーリッヒは反論する勇気をへし折られた。


「頭も悪い」


 その言葉に、ハーリッヒはこれまでの人生を否定された。


「一体お主、どんな勝算があってわしに声をかけた。わしの長い長い人生の中でも底辺に位置するお主が、一体なぜわしの時間を無駄にする」


 ハーリッヒの長く伸びた鼻は、完全にへし折られた。


「尤も、わしはとっくにアンリのものよ。もしお主と正反対の好青年が現れても、わしの魂は何も揺れ動かぬわ」


 唯一、反論できる部分を見つけたハーリッヒは、声高々に糾弾する。


「そ、そのガキが何だってんだ! なぁみんな、そう思わないか!? そこの生意気で偉そうな糞ガキが、カスパールさんと一緒にいることは我慢ならないだろう!?」


 ハーリッヒは大声を上げ、店中の者達に同意を求める。


 だが、ハーリッヒの望む肯定の声は返ってこなかった。

 それどころか、皆は一様に呆れた顔をしている。


「……な、なんだ? どうしたみんな?」


 困惑しているハーリッヒを見て、カスパールはため息をついた。


「はぁ、そら見ろ。頭が悪いにも程があるぞ」


 理解できないハーリッヒに、痺れを切らした龍人ドラゴニュートがアンリの立場を告げる。


「控えろ。この方は冥皇めいおう様であられるぞ」


 紹介されたアンリは笑顔のまま立ち上がる。

 すると、その店にいた全員が跪きこうべを垂れた。


「え? なんて? めいおう? え?」


 ハーリッヒにとって天上人である、ハイエルフや龍人ドラゴニュートまでもがアンリに跪いている。

 理解が追い付かず、思考回路がショート寸前のハーリッヒを見て、ハイエルフの女性が補足する。


「自分が住んでいる国の法も知らないとは……嘆かわしい。エリュシオン国憲法第一章第一条。”冥皇は、エリュシオン国の象徴でありエリュシオン国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存するエリュシオン国民の総意に基づく”」


「国民とうごうの……? えっと、つまり?」


 それでも理解できないハーリッヒに、ハイエルフは説明を諦め首を振る。

 代わりに答えたのはアンリだ。


「あはは、つまりね、僕はエリュシオンの象徴……シンボルみたいなものだよ。自分で言うのもなんだけどね。偉そう、じゃなくて偉いんだ。気恥ずかしいけど、国民の総意だから仕方ないよね」


 国の法などにあまり興味が無かったハーリッヒは、知らない事実を告げられ蒼白になる。


「ば、馬鹿な……人間の子供が、この国の象徴だと? か、カスパールさん! そんなふざけたことを許していいんですか!? 議長の貴女の権限で、どうかそのガキを解任してください!」


 その言葉に、ハイエルフが答える。


「エリュシオン国憲法第一章第四条。”冥皇は国政に関する権能を有し、国事に関する行為を委任することができる”」


 理解できないハーリッヒは、説明を求めるかのようにハイエルフに視線を送る。


「……はぁ、仕方ありませんね。つまり、アンリ様は、国の政治に関わることができる。一方で、カスパール氏はアンリ様に物申す権限がないので、この国で一番偉いのは冥皇たるアンリ様になりますかね」


 ハーリッヒは絶句した。

 よりによって、一番駄目な相手に喧嘩を売ってしまったのだ。

 悲壮に包まれた様子のハーリッヒに、アンリは笑いかける。


「あはは、そう辛そうな顔しないでよ。僕は怒ってないよ、知らなかったんでしょ? 仕方ないよね」


 だが、カスパールの顔は冷たいままだ。


「ウェールズ、馬鹿を仰向けにして押さえておれ」


 ウェールズという名の龍人ドラゴニュートは、カスパールの命令のままにハーリッヒを押さえつける。


「な、なにを!? すみません! 俺が悪かったです! 許して、許してください!」


 慈悲を請うハーリッヒを他所に、カスパールは左手で無理やり目を開け固定する。


「貴様の唾がアンリに一粒かかった。じゃからな、その目玉を一粒貰うぞ」


 グジュジュと音がし、ハーリッヒの目玉は取り除かれた。


「あぁあぁああぁぁぁぁああ!!」


 悲鳴を上げるハーリッヒに、アンリは声をかける。


「あれ? 君は目玉を抉られると痛いんだ。あはは、そんな辛そうな顔しないでよ。キャスを怒らないであげて? 知らなかったんだよ」


 尚も悲鳴を上げ続けるハーリッヒは、遂に店から締め出されたのであった。

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