181 天上人

「──あの、すみません! カスパールさん、ですよね!?」


 良いところで邪魔されたカスパールは内心激怒するも、自身が議長という立場にあることを思い出す。

 不満げな表情は隠せなかったが、拳を収めることには辛うじて成功した。


「いやぁ、ここでカスパールさんと出会えるなんて、運命ですね! あぁ、俺はハーリッヒと言います。あなたと同じ種族のエルフですよ」


 ハーリッヒにとって、エルフとダークエルフは同義なのだろう。

 不躾に距離感を近づけに来るハーリッヒに対して、カスパールははっきりと拒絶を示す。


「控えろ下郎が。貴様と同じ種族など、吐き気がするわ」


 長い人生の中でここまで辛辣な拒絶を受けたのは初めてだった。

 ハーリッヒは狼狽したが、すぐに立て直し責任の転嫁を図る。


「え、エルフは気高く誇らしい種族でしょう!? 少なくとも、そこの下等な人間などよりは!」


 その先は、人間であるアンリだった。

 貴重な二人の時間をぶち壊されたことに、カスパールの堪忍袋の緒が切れた。


「貴様、息の根を──っ!?」


 すぐさまハーリッヒに制裁を加えようとしたカスパールだが、その意識は別に移る。


「お主……その顔……」


 カスパールはハーリッヒの存在を忘れ、ヘイラを凝視している。

 注目を浴びたヘイラは、戸惑いながらも言葉を発した。


「ぇ……? い、いえ、確かに私の顔は綺麗ですが、貴女と比べるととても……」


 その言葉を無視し、カスパールはアンリに愚痴を溢す。


「わしを放ったらかして何をしてたのかと思えば……なるほどの、この街で実験しておったわけか」


「あはは、いやぁ、凄い偶然だね。確かにこの子は練習台さ。不自然がないか、色々な人の評価が欲しかったからね。必要なことだったんだよ、僕を変人のような目で見るのは止めないかい?」


 アンリとカスパールが自分たちを無視して会話を始めたことに、ハーリッヒは屈辱を感じた。


「か、カスパールさん!? その人間は何ですか!? 議長となられたエルフの星であるあなたが、そのような下等な男と食事など! あぁ、なんと恥ずべき行為だ! 折角です、向こうの席でご一緒しませんか!?」


「ぷっ、あははは、典型的な若いエルフってところかな? いや、ここまでイメージ通りだと、面白くなってくるね。だけど今日は久々のお食事会なんだ。あんまり邪魔はしないでよ。ほら、行った行った」


 侮蔑されたアンリではあるが、その顔はとても楽しそうだった。


「なんだ貴様は! 高貴なエルフである俺に対して、どの口が言っている!」


 だが、更にうるさくなったことで、アンリの顔は少し曇る。


「あぁもう、本当に邪魔だな。誰かこの冴えない芸人を連れ出してよ」


 人間に馬鹿にされたことに、ハーリッヒは我慢ができなくなった。

 アンリに種族の差を分からせてやろうと、拳を握り歩き出す。


 しかし、何者かに肩を掴まれ、アンリのもとへ辿りつくことはなかった。


 ばちんっ、と音がしたと思えば、ハーリッヒは地べたに這いつくばる。

 自分が殴られたのだと気づいた時には、違う者に首根っこを押さえられ拘束されていた。


「な、なんだ貴様ら! 高貴なエルフたるこの俺になんて……こと……を?」


 うつ伏せで身動きがとれないハーリッヒは、激昂するもその声量は段々としぼんでいく。

 危害を加えた者の姿を見たからだ。


「嘆かわしい。エルフの血を誇るのは結構ですが、限度というものがあります。しかしそれも、他種族の方を貶める理由にはなりません」


 ハーリッヒを殴ったのは麗しい女性だった。

 耳は長く、一見すると同じエルフのようだ。

 しかし、ハーリッヒはすぐに自分たちとの違いを理解した。

 通常のエルフより長い耳を持ち、色が白く、細身である女性は、ハイエルフだ。


「笑止。この店で暴れるなど、正気の沙汰とは思えんな。それもよりによってこちらの御方に楯突くとは。貴様、自殺志願者か? それとも……まさか、お嬢のお仕置きが望みなのか?」


 ハーリッヒからは、押さえつけている男の姿は見ることができない。

 それでも圧倒的な力とオーラを感じた。

 そして、視界の隅に見える鱗を纏った赤い尻尾を見れば、その種族は推測できる。


「ま、まさか……ど、龍人ドラゴニュート……?」


「然り。たかが龍人の小生では、今の行為は無礼にあたるか?」


 ハイエルフに龍人ドラゴニュート。その両種族は、多くの者が羨み憧れを抱くものであり、ハーリッヒの基準で言えば天上人だ。

 これまで見たことすら無かった種族に会えたことに興奮し、そして敵に回してしまったことに恐怖する。


「ご、誤解です! 離してください! 俺は彼女を食事に誘いたいだけなんです! か、カスパールさん、好きです! だから、俺と一緒にご飯を! そ、そうだ! これから一生、ご飯を作ってください!」


 様々な感情の大きな起伏により、ハーリッヒはパニックになっていた。

 どうしようもなく余裕が無くなった男による、どうしようもなく急ぎすぎたプロポーズが始まったのだった。

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