180 ハーフエルフ

 目で詰めてくるアンリに興奮しつつ、カスパールは得意気に語りだす。


「あぁ、本当じゃよ。人間とエルフの間に子供は生まれん。そしてそれは、ダークエルフにも言えることじゃ」


 少し思案顔になったアンリに、カスパールが笑いかける。


「なんじゃ? 確かに従来の営みで子はできんが、避妊具が不要というメリットもあるではないか。それに、先の実験で人間とダークエルフの間に子を作ることに成功したのであろう? 遺伝子と魂を用いた体外受精に近い形……とかはよく分からぬがな。まぁとにかく、そんなことは些細なことじゃよ」


 上機嫌に話すカスパールだが、アンリは無言のまま見つめてくる。

 全く納得していない様子を見て、カスパールは流石に観念した。


「はぁ……そうじゃのう……まず先に言うが、あやつはわしの孫であり、愛しい存在じゃ。そこは間違いない。ただ、そうじゃな……」


 前置きの後、新たに注がれたワインを一口飲み、真実を告げた。


「わしとジャヒーの血は繋がっておらん。本人には言わんでくれよ。あぁ、できればわしら二人だけの秘密がいいがの」


 すぐにアンリは疑問を口にする。


「ジャヒーは捨て子だったの?」


 それに、カスパールは首を振り否定を示す。


「いいや、捨てられておったのはあやつの父親よ。そうじゃな、どこから話すべきか……」


 カスパールは、懐かしむようにグラスを揺らしながら言葉を紡ぎだす。


「自分で言うのもなんじゃがな、わしは里の中でも一番の美貌を誇っていての……なんじゃその顔は」


「あはは、気にしないで。次に傲慢になるのはキャスかなって、心配になっただけなんだ」


「事実じゃから仕方ないじゃろ」


「勿論僕も肯定するよ。それしても、ねぇ? いや、なんだか懐かしい気がしただけだから、気を悪くしたらごめんね。それで?」


 里中の男達から、カスパールはいつも求婚の誘いを受けていた。

 しかし、カスパールはその全てを拒絶した。

 里の男達はカスパールのみを求めていたため、他の女には見向きもしなかった。

 結果、ダークエルフの子供が里から誕生することは目に見えて減ってしまったが、元々長命である種族なので、大きな問題とはならなかった。

 敢えて問題を挙げるとすれば、里中の未婚の女から妬みを買ったことぐらいだろうか。


「今にして思えば、わしという存在はいい迷惑じゃったろうな。里を出るのをもっと早めておけばよかったかもしれん。しかし、それは意味のない議論よ。過去を変えることは誰にもできぬ」


「エルフやダークエルフはみんな美形なんでしょ? なんで結婚しなかったのさ」


 アンリの質問に、カスパールは腕を組み考える。


「そうじゃな……単純に好きな男がいなかったというのが理由ではあるが……なんでじゃろうな、昔からわしは男を愛したことはなかった。なにか大きなきっかけがあったような気がするのじゃが……ふむ、覚えておらん」


 それにアンリは訝し気な視線を送る。


「えぇ? そんなことある? 大きなきっかけなら、いくら昔でも普通は覚えてるでしょ」


「お主の言う昔と、わしが言う昔は少し違うのであろう。わしが何百年、何千年生きていると思っておる」


 千年という単位が出てきたことに、アンリは大きく驚いた。

 見た目が20代にしか見えないので、いくら長命のダークエルフと言えど100歳程度だと思っていたのだ。


「いや、何年生きているのか、わしにも分からん。覚えてないのじゃ。記憶という物は、どんなに強烈なものであろうが、過去のことは必ず忘れてしまうようにできておる。そうでなければ、未来に支障をきたしてしまうからの。最低でも三百年程は生きたと思うが……その辺でわしの記憶はさっぱりじゃ」


 想定より長命なカスパールではあったが、アンリには妬みといった負の感情は一切起こらなかった。

 いかに長い寿命を持っていても、必ず終わりはやってくる。

 ならば、もしアンリがダークエルフに転生していたとしても、喜びはすれど安心はしなかっただろう。


「ふぅん、いいねぇダークエルフは。人間なんてか弱い種族とは大違いだ」


 だからこれは本心からの言葉ではない。

 ただ女性に送る社交辞令としての賛辞だった。


 そのことを察したカスパールは、少しむきになり補足する。


「ダークエルフの中でも、わしは抜きんでて長命よ。親などとっくに死んでおるし、友も皆老いていった、と思う。それも昔の話で、あまり覚えてはないのじゃがな」


 それは、アンリを喜ばせるのではなく、疑心を抱かせるものだった。


「メル、彼女は傲慢の大罪人?」


 魔法の原典アヴェスターグを握り、口早に質問する。


「いいえ、マスター。彼女は傲慢の大罪人ではありません。彼女の体内マイクロチップから流れてくる情報に特異な点はありませんから。勿論、他の大罪人でもないと思われます」


 アンリとメルキオールの、10秒にも満たない問答。

 先ほどからの会話の延長のような雰囲気で会話をしていたアンリに、普通の人であれば何も感じることはないだろう。


 しかしこの短い間で、カスパールは汗で全身がびっしょりと濡れていた。

 カスパールには分かってしまったのだ。もし自身が傲慢の大罪人となり、アンリが望む永遠の障害となっていたのであれば、一切の躊躇なく息の根を止められたということを。


「キャス、どうしたの? 顔が青いけど……今日は珍しくお酒が足りてないんじゃない?」


 アンリにはカスパールが震えている理由が分からない。

 自身の選択肢の一つが、カスパールにはバレているはずがないと思っていたのだ。

 カスパールがアンリをここまで理解していることは、アンリにとっては想定外だった。


「ははぁ、いいよいいよ。一番高いお酒を持ってきてもらおうか。キャスは白ワインが好きだったよね? あんまり僕の好みではないけど、大事なキャスのためだからね。さぁ、続きは?」


 なんとか震えを止め、いつもと変わらぬ姿勢に持ち直したカスパールは、昔話の続きを話し出す。


「ま、まぁとにかく、わしの里には子供が全くいなくての。その、なんじゃ、子供がどんなものか、興味があったのじゃよ。そんな時、たまたま森に人間の子が捨てられておったら、そりゃ拾うじゃろ?」


 この理論は、アンリには受け入れられなかったようだ。


「えぇ? 結婚はしたくないのに子供は欲しいの? そんな人いる? 女の子なら普通、好きな人との子供が欲しいものでしょ?」


「かっはっは! お主が普通を説くか。それはただの偏見よ。兎に角も、それがジャヒーの父親との出会いよ」


 女心はおろか、人の心すら分かってなさそうなアンリに、カスパールは大笑いしながら続きを話す。


 ジャヒーの父にあたる子供を拾ったカスパールは、その子供を我が子のように育てた。

 様々な場所に連れていき、色々な経験をさせた。

 そうしている内に、捨て子とは思えない愛着を感じることになる。


「愛しておったよ、あの男を。勿論息子としての感情ではあるがな。だからじゃ。やつが人間と子供を作ったと聞いた時は、里から追い出すことにした」


 カスパールに拾われた人間は、別の人間と結婚し子供を作った。

 里からの差別を危惧したカスパールは、その夫婦の幸せを願い人間の世界へと送り出したのだ。

 だが、その夫婦は両方が冒険者であり、危険はつきものだ。

 実力、もしくは運が無かったのか、その夫婦は死ぬことになる。娘であるジャヒーを残して。


「わしが死に目に会えたことは不幸中の幸いじゃった。その時に預かることにしたジャヒーは5歳ぐらいだったかのう。里の者達にあること無いこと吹き込まれたせいか、あやつは両親の死を今でも受け入れておらん。自分がいい子にしていれば、いつか会えると信じておるよ。あまりにも可哀そうな境遇じゃと、いくらお主でも同情してはくれんか?」


 エルフの里で育った人間はエルフ同然。

 しかし、人間の町で育った人間は、当たり前ではあるが人間だ。

 人間に対して蔑みの感情が先行するダークエルフの里では、ジャヒーは侮蔑の対象だった。


「あやつは、すぐに外に出ることを嫌がり部屋に引き籠るようになった。周囲からの仕打ちがよっぽど酷かったのじゃろうな、成人になるとすぐに里を飛び出していったわ。それも仕方ないじゃろう。わしの監督不行き届き……いや、そこまでの責任を感じていなかったのが罪なのじゃろうな」


 逃げ出したジャヒーは、生きるために住み込みが可能な職を探した。

 星占術の能力を買われ、ザラシュトラ家に雇用された先に出会ったのがアンリだった。


「だからな、お主には感謝しとるよ。いや、わしがお主に抱いている感情は感謝だけではない……理由など分からぬ。きっかけも分からぬ。こちらの感情には理由などないのだろうよ」


 グラスを置き、カスパールはアンリを正面に見据えた。


「アンリ、わしはお主をあいし──」


 その言葉は、最後まで続かない。


「──あの、すみません! カスパールさん、ですよね!?」


 この時カスパールは、見ず知らずのエルフに対して明確な殺意を覚えた。

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