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「かっはっは! いやぁ美味い! 値段は張るが、この店の味は格別よのぅ!」
「もう値段なんて気にする立場じゃないでしょ。今は議長なんだし、経費で落としといてよ」
アンリとカスパールもまた、ヘイラ達と同じレストランにやってきていた。
名目は”エリュシオンの今後について”の会合ではあるが、二人はただ雑談し料理を楽しんでいる。
久々の二人での食事にカスパールは上機嫌であり、それはアンリにしても同じだった。
「このお肉美味しいなぁ……何の肉だろ?」
美味しい料理は人を笑顔にする。
一組を除き、この店では皆が頬を緩ませていた。
加えて、多少の知識と金を投資しているアンリは、高めの金額に設定されたこのレストランが繁盛しているのを見て喜んでいた。
「ふむ、この噛み応え……ドラゴンであろうな。それもその辺の下位種ではなく、大物じゃ」
「ご明察の通りですカスパール議長、そちらのお肉はレッドドラゴンになります」
カスパールの推測に答えたのは、この店の店長だ。
「この度は当店を利用していただき、誠にありがとうございます。議長からご贔屓にして頂き、光栄の極みでございます」
二人きりの食事を邪魔されたことにカスパールは少し不機嫌になるが、沸き上がってきた疑問のほうが大きかった。
「構わん、アンリの店じゃからな。しかし、この店の材料のほとんどがアフラシア王国からの輸入と聞いておる。アフラシアにはレッドドラゴンは生息せんが、どこか違う国との取引でも始めたのか?」
未だ焦土が広がるエリュシオンで、食材を集めるというのは不可能に近いだろう。
そのため、今のエリュシオンでの食材は100%が輸入品となっている。
「丁度昨日、全身に傷を負ったレッドドラゴンがエリュシオンに降り立ったのです。エリュシオンには高ランクの冒険者の方もいらっしゃいますので、なんとか討伐できました。議長に本日来ていただいて本当に良かった。レッドドラゴンを提供するなんて、滅多にできないことですから」
再度礼を言い立ち去っていく店長を尻目に、アンリは一心不乱に肉を咀嚼する。
「美味しい……初めてブランド牛のシャトーブリアンを食べた時以来の衝撃だ……」
勿論、店が忖度し希少な部位を提供してくれたのだろう。
それでも、前世を含めても最上位の美味しさに、アンリは感動していた。
「そういえば昔はレアで食べることに抵抗があったから、念入りに焼いてたしなぁ……今は魔法があるから生肉で当たっても大丈夫だし」
目を輝かせるアンリに、カスパールは提案する。
「店の言う通り、レッドドラゴンの肉は貴重じゃ。じゃがな、お主なら裏技が使えるのではないか?」
その言葉にアンリは手を止める。
「いやなに、どこからか……例えばレイジリー王国からレッドドラゴンを一頭捕獲してきてな、拘束してお主が
それは、魔王ジャイターンに自らが食べられた経験を活かしての提案だ。
しかい、アンリは首を横に振る。
「その方法なら別の食材で試したことあるけどね、駄目なんだよ。何度も解体するとストレスが溜まるのかな、肉が固くなるわ味は落ちるわで、とても食べられたもんじゃない。美味しく食べるなら、一気に絞めないとね……だけど、そうだなぁ」
えらく味が気に入ったアンリは、別の策を検討する。
「レイジリー王国に行って、レッドドラゴンを何頭か捕獲するのはいいかもね。その後に<
その提案を聞いたカスパールは少し引いていた。
「ドラゴンを家畜のように考えるのは、世界中を見回してもお主ぐらいよな。しかしなぁ……いやなに、奴らは知能は人並みにあるからな。この広大なエリュシオンで翼を広げる奴らが、ただ死ぬのを待つだけの家畜になるというのは、少しだけ不憫な気がしての」
「あはは、何言ってのさ。そこらの人間だって死ぬのを待ってるだけじゃないか。人間もドラゴンも家畜も、何も変わらないさ。それにね、これはエリュシオンの国
自ずと名目通りの話ができたことに、アンリは更に上機嫌になった。
「優秀な個体が出てきたらドラゴンレースにも参加させたいね。エリュシオンなら夢の島よりもレースの規模を大幅に拡大できる。レースで一位をとったドラゴンの活き造りとか、みんなどれだけお金を積むだろう……馬主みたいにドラゴン主とかしたい人いるのかな。凄い金持ちだろうなぁ、あはは、なんだかとっても楽しそうじゃない!?」
どんどん一人で語り出すアンリに、カスパールは肩をすくめる。
「はぁ、そういえば夢の島はエリュシオンに移動させんのか? お主があれほど心血を注いだ島じゃ。他国に置いたままでは勿体ないのではないか?」
「あはは、まさか! 他国からお金を搾り取るのに、あれ程いい施設はないじゃないか。多少の賄賂は必要かもしれないけど、総合的に言えば僕が絶対に得をするよ。いや、まてよ……エリュシオンにも作るか……? 他にもドラゴンの上位種を集めて……乗りたい人が絶対に国にくる……人が集まる……入国者に体内マイクロチップを義務化させれば、傲慢の探索分母が上がる……」
完全に一人の世界に入ったアンリを見て、会話を楽しむことは諦めたカスパールはグラスを傾ける。
また今日も放置されるのかと思った時、レストランの一角が騒がしくなった。
見れば、男女が揉めているようだ。
プロポーズが失敗でもしたのかと思い、面白半分で会話の内容を聞いていると、なかなかに重たい話をしているようだった。
他人の不幸は蜜の味。カスパールは女の境遇に同情するどころか、それを肴にワインを楽しむことにした。
「ねぇキャス、あの話は本当なの?」
いきなりの質問に、カスパールは正面を見る。
いつの間にかアンリも聞き耳を立てていたようだ。
その表情は、カスパールとは違い真剣そのものだ。
体の奥、自分の魂まで覗かれているようなアンリの瞳に、カスパールはぶるりと身を震わせた。
それは恐怖ではなく、興奮からくるものだった。
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