178 楽園を目指した女 8
体を売り心を削り、ヘイラは幸せな生活を守っていた。
借金が無くなることはなかったが、強引な取り立てをされることもなかった。
借金を増やしもせず減らしもせず、高い利子の支払いを続けているヘイラは、エリュシオンから見てありがたい存在なのだろう。
ヘイラはこれまでの返済金額など把握していないので、待ってくれる国に感謝さえしていた。
エリュシオンは全ての種族の移住を受け入れている。
そのため、ヘイラを買う者は人間だけではなかった。
ドワーフや獣人族、
その度にヘイラは、なにかが壊れる音を聞いた気がした。
ヘイラを買う客の中には、意外なことに美形のエルフもいた。
最初は喜んでいたヘイラだったが、人間を下に見ているエルフは、決まって加虐趣味を持っていた。
行為の最中に暴言を吐き、首を絞め、体を打つのだ。
そこの部分に関しては、エルフは皆ハーリッヒと同じなのだと知り残念ではあった。
そうして月日はめぐり、今日はヘイラにとって特別な日。エリュシオンで迎える初めての誕生日だ。
「おめでとうヘイラ。人間にとってはめでたい日なんだよね?」
ヘイラとハーリッヒは、ゾロ・アスタの中でも特に高級なレストランにやってきていた。
支払いは全てヘイラ持ちだが、ハーリッヒが祝ってくれることが嬉しかった。
最近冷たくなった気がするハーリッヒが、笑顔を向けてくれるだけで幸せだった。
「落ち着いて聞いて? 私ね、できたみたいなの……」
お腹を押さえ、顔を赤くしながらヘイラが報告する。
「赤ちゃん……できたの」
一年に一度の特別な日。
その中でも、今日という日はヘイラにとって一生に一度の特別な日だった。
この報告をすれば、彼は種族の壁を越えプロポーズしてくれるだろうか。
もしかしたら結婚は難しいかもしれないが、それでも喜んでくれるだろうか。
身ごもった自分のために、今の仕事は辞めるように言い、これからは養い支えてくれるだろうか。
希望と幸せに満ちたヘイラだったが、ハーリッヒの態度は予想の物とは違っていた。
「ふうん、それで? 堕ろすのかい?」
特に感情を動かさず、耳の穴をほじりながら悪魔のような質問をしたハーリッヒに絶句した。
ヘイラは体も声も震え、声を絞り出す。
「な……んで? なんでなのよ……私と、あなたの子よ!? 可愛くないの!? 楽しみじゃないの!?」
その声は次第に大きくなっていった。
これにハーリッヒはため息をつく。
一本でヘイラの一カ月分の給料にあたるワインを飲みながら返事をした。
「いや、楽しみなわけないだろ? 俺の子供じゃないし。仕事で相手にしてたゴブリンもどきの種でも貰ったんじゃないのか?」
「い、いえ、そんなことは! ちゃんとできないように気を付けてたし……あなたとの子供のはずよ」
納得しないヘイラに、ハーリッヒは少し不機嫌になる。
「あのねヘイラ、これはエルフにとっては周知の事実で、君達人間は知らないことだけど──」
そして、冷たい真実を告げた。
「──人間とエルフの間に子供はできない」
ヘイラは世界が止まったように感じた。
レストランの至る所が光を反射し、この上なく鬱陶しかった。
ハーリッヒの顔を見ることが出来ないが、自分の経験で反論する。
「で、でもハーフエルフは!? これまで相手をした客の中にハーフエルフがいたわ! だったら、子供はできるじゃない!」
「はぁ……そのハーフエルフの耳はどうだった?」
ヘイラは記憶を辿る。
ハーフエルフが珍しかったのでよく覚えていた。
「み、短かった……人間と一緒だったわ」
「そりゃそうさ、人間だからね。ハーフエルフってのはね、人間の捨て子なのさ。里の近くで拾った人間の赤子を、子供が欲しい気まぐれなエルフが育てる。その子供が里の中で他のエルフに害されないよう、ハーフエルフと名乗るのさ」
ハーリッヒの説明は、あまりヘイラの頭には入ってこなかった。
「爺達は里で育ったらエルフ同然だって言ってるけどね。僕はそうは思わない。ただの下劣な……おっと、普通の人間さ」
ただ、今日が良くない日だというのは理解した。
これ以上の災難に会わないよう、うつむき口を
それでも、災難というのものは揚々としてやってくるもののようだ。
「あっ! おい、あれって本物かよ!」
ハーリッヒが何かを見つけ大声を上げる。
釣られてヘイラはその方向を見た。
その場にいるのは、ヘイラも知っている人物だった。
この顔をくれた子供と、最近議長に任命されたダークエルフを見て、また何か良くないことが起こるとヘイラは確信するのだった。
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