第九章
207 戦争願望
「よろしい、ならば戦争だ」
突如呟かれたアンリの言葉に、その場にいた者達は首を傾げた。
現在アンリは城に構えた広間でくつろいでおり、皆と談笑していた。
建国されたエリュシオンや皆の近況を語り合う平和な場から、いきなり戦争というワードが出てきたことに、カスパールは怪訝な顔を向ける。
「どうしたのじゃアンリ、何か気に障ることでもあったのか?」
冗談かと思ったが、真剣な様子のアンリに、周りの雰囲気は少し張り詰めだしていた。
「も、もしかして僕のせいですか!? 僕の座学の成績が良くなかったから……」
泣きそうになっているヘルに、アンリは優しく声をかける。
「いやいや、別に誰かのせいとかじゃないんだよ。ヘル、学校は楽しいかい? 何か不満なことはないかい?」
「え、えっと……たの……しいです。知らないことを学べて、新しい友達もできて……毎日が凄く楽しいです!」
アンリはエリュシオンの各地に学校を創立した。
それは、アフラシア王国に存在する魔法学院パンヴェニオンとはまるで別のものだ。
パンヴェニオンに通学を許されているのは、実力を認められたほんの一部を除き、その全てが貴族だ。
貴族であるが故に、一般常識や礼儀作法は既に身についているものとしており、授業は専門的なものが多い。
特定の分野での優秀な人材の輩出が目的であり、何か一つでも才が認められて入れば、他の教科は一切出席しなくても問題は無く卒業も可能だ。
一方で、エリュシオンの学校は、アンリの前世での義務教育に近いものだった。
5歳から通うことのできる学校では、一般的に必要とされる普通教育を学ばせている。
意外なことに道徳の授業にも力を入れており、まともな人間を育てようとしていた。
「で、でも……僕、学校には一つ不満があるんです」
「どうしたんだい? 言ってごらん?」
ヘルは遠慮がちに意見を述べる。
「そ、その……確かに学校では必要なことを教えてくれます。でも、一番重要なことを教えてくれないんです。冥王様が、いかに凄いのかを! そ、それに光の三賢者様のことも、エリュシオンのことも……自分達が、どんなに凄い国にいるのか、もっと教えてあげたほうがいいと思うんです! もっともっと、冥王様のことを、
「…………確かに。ヘルは聡い子」
段々と興奮してきたヘルにアシャが同意を示した時、アンリは首を横に振った。
「いや、それは止めとくよ。今の程度が丁度いいからね。国や政治の在り方を詳しく教えると、その分疑問や反対意見も出てくる。だから、今のまま大事な部分には触れないで、教養はあれど政治に無関心な子を育てたほうが、僕らにとっては都合がいいのさ」
改善する気のないアンリの様子を見て、ヘルとアシャは諦める。
すると、シュマが元気よく手を上げた。
「はい! はい!
この提案に、アンリは少し頭を悩ませる。
アンリがイメージしたのはカトリック教育だ。
大人が全てである幼少の頃から勝手に神を押し付けるのはどうかと思う反面、生活や礼儀作法に厳格で勉学にも熱心になる可能性は高い。
「あぁ、教会がしてくれるならお言葉に甘えようかな。元々無償で行ってる授業だから、子供達からのお布施にはあまり期待しないでね」
まさか
”色欲”の能力は発動せずとも、大事な妹の頼みであれば、アンリは喜んで賛成するのであった。
「それで、その話がどう戦争に繋がるのじゃ?」
話を振り出しに戻したカスパールに、アンリは得意気に語る。
「いやね、この国の教育はある程度形になったでしょ? それに冒険者組合やダンジョンも作って、チラホラとだけど冒険者が集まりだした。ヘルという成功作品も作れて、軍事力もある程度は見込めるようになってきたし……勿論、継続して国土強靭化に務めるべきだよ? でも、そろそろ外の世界に目を向けてもいい頃だと思わない?」
「お主の言う目を向けるとは、戦争をするということか? 中々に極端じゃな……」
「あはは、勿論リスクはなるべく避けたいから、相手の国力も考えるさ。それに、最近ディランさんに貸しを一つ作れたとこなんだし、奥の手の戦略として期待していいでしょ」
ソロでSランクに上り詰めた”孤独のディラン”は、他国他大陸でもかなりの知名度を持っている。
アンリは初のSSランク冒険者であり、ランク上では一番上位に位置している。しかし、SSランク自体がアフラシア国王の独断によって生まれたランクでり、他の冒険者としては正直よく分からないというのは本音だろう。
相手国への牽制や兵士の士気増減については、ディランの存在は大きいと考えていた。
「いや、わしはエリュシオンが敗北する心配はしておらんが……。して、なぜ戦争を望む? 何か理由があってのことか?」
カスパールの質問を受け、アンリは皆に説明を始めるのだった。
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