208 戦争の理由

「理由は色々あるんだけど、敢えて挙げるとなると3点かな」


 アンリは右手の指を一つ立てた。


「一点目の理由としてはね、試したいんだ」


 たったの一言の理由だけでは、当然誰も理解ができない。


「試したい……とは? 何を?」


 その為、代表してカスパールが質問をした。


「エリュシオンの戦力をさ。最近作った戦闘奴隷が、他国の兵士相手にどこまで戦えるのか。今育てている魔族達は、彼らに絶望を与えたる存在か。”いち”とヘルをそれぞれ戦場に放ったら、どっちがより多くの血を流せるか。以前パールシアの心を折った<神の杖ロッズ・フロム・ゴッド>で落とす鉱石の重さと、一度に奪える命の数が描く相関図はどんな形になるんだろう。ほら、試したいことは色々とあるでしょ?」


「はぁ……持っている武器を試したいから戦争がしたいなどとは……いや、それでこそお主なのじゃろうさ。異端中の異端であるお主が、一国のおうになってしまうとはなぁ……相手にされる国民がなんとも可哀そうよな。いや、それは自国民にしても同じか」


 意気揚々と語るアンリに、カスパールは苦言を溢す。

 だが、アンリには全く応えていなかった。


「なんで? 持っている力や新しい力を試したいのは人間の常じゃないか。少なくとも僕の知っている世界ではそうだった。新しい武器を使ってほしくて戦争を始めさせた人もいれば、全世界を敵にしても何度も海に新兵器を打ち込む人もいた。あぁ、中立国からの裏切りを受けて壊滅寸前だった国が降伏する前に、慌てて新兵器を試して数十万人の命を奪った人もいたね。そんな世界で、僕だけを異端と呼ぶのはどうかと思うなぁ」


 歴史で分かるのは事実であり、真実ではない。

 どのような思惑がそこにあったのか計り知ることはできないため、そこにそれぞれの主観が入るのは仕方のないことかもしれない。


 アンリの主張がよく分からなかったカスパールは、これ以上の意見は止めた。

 他の者もそうだ。何にせよ、アンリに従う以外の選択肢はないのだから。


「あはは、納得してないようだけど、この議論は置いとこうか。僕たちは評論家でも無ければ、過去の会話をしても何も意味はないし」


 アンリは立てた指を一本増やす。


「さて、二点目の理由は人口増加だね。人が圧倒的に足りない。メル、エリュシオンの人口は?」


 魔法の原典アヴェスターグの表紙がギョロギョロと動きながら回答する。


「マスターのおっしゃる人口の定義が分かりかねますが、市民権を獲得している生物でしたら188,581人。奴隷や玩具などを合わせますと564,219人になります。……あ、ミキサーの中も人口としてカウントしますか?」


「いや、いいよ。人口が少ないってことを伝えたかっただけさ。エリュシオンの生物は一度根絶やしにしちゃったからね。どうしても圧倒的に人が足りないんだよ。折角こんなに広大な土地があるのに勿体ないしさ。だから、増やす必要があるんだよ」


 これには、ベアトリクスが手を上げた。


「はいベアト、喋っていいよ」


「戦争とは、死んで人が減るものでは? 人口を増やしたいなら、戦争は避けるべきだと思う……わん」


 尤もな指摘に、周りの者は頷いている。

 視線が集まると、アンリは笑いながら回答した。


「あはは、そりゃ戦争だけを考えたらそうだけどね。戦争の後には、戦利品が付いてくるんだ。ほら、パールシアを滅ぼした時に、こっそりと獣人族を5万人程奴隷にしたでしょ? あの時でも大分美味しかったのに、相手国全員にできるってなったら、激熱イベントだよね」


 頷きながら「確かに」と呟くベアトリクスを、カスパールはドン引きしながら見ていた。

 あれほど同族を大事に思っていた彼女がこうまで変わってしまったことに、今の環境の恐ろしさを感じたのだ。

 

「はぁ……それで? なぜそんなに人口を増やす必要がある。現状で特に不便はないじゃろう? 無駄に増やしても余計な火種を生むだけに思えるが……」


 カスパールの質問に、アンリは嬉しそうに三本目の指を立てる。


「そう、それが三番目の理由だよ。これ、なんだか覚えてる?」


 アンリが取り出したのは、1cmにも満たないチップだ。

 全員がそれに心当たりがあり、特に驚いた者はいない。


「国民の皆様の体内に入れているマイクロチップですね。移民されてきた方には勿論、私やお祖母ちゃん、シュマ様やベアト様にも埋め込んでおります。お金をその中に入れるだけでなく、遠くから生死の判断ができる優れものです。一体どのような原理なのかは、私などには分かりかねますが……」


「あはは、流石ジャヒー。原理でいえばLPWAの応用だから、そんなに先進的な技術は使っていないよ。課題は体内にチップを入れることに対する抵抗感だったけど、それがこの国の常識にしたら意外となんとかなるもんだね」


「まぁ、わしも最初はどうかと思ったが、いざ使ってみると便利よな。財布をいちいち持ち歩かんでよいから、心おきなく呑めるもんじゃ。他人の生死など分かっても仕方ないとは思うが……」


「いやいや、キャスは分かってないよ。死体はくさいし処理に困るんだ。特に孤独死なんてされたら大変だよ? 蛆や蠅がたかるだけじゃなくて、他の蟲や微生物の力で原形をとどめない。あれは人間の死に方じゃないよ。それをね、鳥さんが死人を感知して臭う前に食べてくれるんだ。ほら、凄く便利じゃないか」


 この世界では前世と比べ争いが頻繁に起こる。

 アンリの言う孤独死の怖さは理解されないまでも、アフラシアデビルが勝手に死体処理をしてくれるという利便性は、皆が納得するものだった。


「まぁ、これらの機能は僕の趣味としてね。チップの真価はそこじゃないんだ。これは、永遠に生きるための手段なんだよ。差し詰め、大罪人探知機ってとこかな」

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