203 成功作品

 アンリはこの世界で、魔法を行使するための様々な媒体を発明してきた。


 その一つがスクロールだ。

 羊皮紙に魔法の効果をプログラミングしあらかじめ魔力を込めることで、魔力の無い者でも魔法の行使を可能にしたスクロールは、斬新且つ画期的な物だった。

 魔法を使えない者にとってそれは夢のようなアイテムであり、魔法が使える者にとっても適性の無い魔法を行使できたり魔力を温存できるという点で、超が付くほど便利なアイテムだ。

 だがアンリからしてみれば、嵩張かさばるスクロールを幾つも携帯することはナンセンスであり、一度しか使用できないという欠点を考えると微妙なアイテムであった。


 ナイトが使用していたアクセサリーも、アンリの発明品だ。

 高位な魔物の魔石に魔力を流せば、無詠唱で魔法を行使できる。

 その特性を利用したアンリは、魔石を基に武器やアクセサリーを数点試作していた。

 魔法の出力を増加させ、発動する魔法までも変化させたアクセサリーは、市場に流通こそしていないが、冒険者にとって激レアな逸品だろう。

 しかし、それもアンリからしてみれば、一品につき一つの魔法しか行使できない上、壊れたらただのゴミになるアクセサリーは微妙なアイテムだった。


 これまで発明してきた数々の中で、アンリの満足いく渾身の作品もある。


 その一つが魔法刻印だ。

 スクロールに刻むべき刻印を人体に刻むことで、強制的に魔法を行使させる。

 一見それだけのように聞こえるが、その効果は絶大だ。


 対象者の魔力が続く限りではあるが無限に発動可能で、効果を自由自在に選定できる汎用性の高いそれは、発動の手間がかかるスクロールや、専用性が高すぎる魔石類と一戦を画している。

 スクロールと違い魔力を利用するというデメリットは、10歳以下から魔法を行使可能で魔力量の底上げに大きく貢献できるというメリットを足せば、いくらでもお釣りがくるだろう。


 更に、この魔法刻印はアンリ自身でさえも理解できない領域に昇華した。

 回復魔法の刻印を刻んだ対象が、傷であるはずの刻印を癒さないケースが発生したのだ。

 その嬉しい矛盾を生じさせた人物は、片手で数えられるほどしかいない。


「嘘だ……それは……そんなはずは、そんな奇跡……ありえない……」


 ヘルの体表で輝く魔法刻印を見て、ナイトは動揺し混乱している。


「俺でもできなかったのに……こんな奴に……い、いやこんな奴では失礼……ち、違う、夢だ……悪い夢だ……」


 それどころか、涙まで流している。


 ナイトは過去に何度か、魔法刻印をその身に刻む実験を行っていた。

 しかし、そのどれもが失敗した。

 僅か10平方センチメートルほどの刻印を刻むだけでも、とんでもない激痛が走った。

 それはいい。痛みであれば、ナイトは耐えた。

 失敗したのは回復魔法の刻印を刻んだ時だ。

 魔法刻印が神様からの贈り物と思っていても、刻印を刻む時はどうしても痛みのせいで構えてしまう。

 その結果、魔法刻印が魔法刻印を癒し、刻印が正常に発動せず魔法を行使できなくなった。


「ひっく……ありえない……なんで、なんでなんでなんで、俺には駄目で、あいつには……」


 なのにヘルは、全身に魔法刻印を刻むことに成功していた。

 日頃から死んだほうがましと思えるほどの激痛が走っているはずなのに、呑気にへらへらと笑っていた。


「それがあれば……俺は……俺はもっと認められて……それさえあれば……」


 ヘルは武器を構え走り出すが、ナイトは呆然としていた。

 光り輝く魔法刻印は、完璧な成功作品の証。

 ならば、自分は神様から名前を授かったとはいえ、目の前の作品とはまるで格が違うと悟ってしまったのだ。


「成功していれば……俺はもっと母様に……そ、そうだ! 俺は母様のためにもっ!!」


 ヘルとの距離が迫った時、ナイトは最後の最後で活力を取り戻した。

 その根源は、アンリの作品としての一番を目指したものではない。


「母様のために、勝たなければ、ならないのだぁぁぁぁぁぁ!!」


 母からの愛が欲しかったからだ。

 母であるカスパールは、自分を道具としか認識していないと思っていた。

 それでも、カスパールに認めてもらい、息子として愛してほしかった。


 そしてナイトはもう一つの切り札を使う。

 代理戦争を有利に進めるため、カスパールからこっそりと譲り受けていたペンダントは一つではない。


『<怒りのレイジ・滅度ニルヴァーナ>!!』


 大事に懐にしまっていたペンダントを握り、限界まで魔力を込める。

 いかに魔法刻印を刻もうが、本家であるアンリの回復魔法までは模倣できない。

 塵も残さず焼き切れば勝てると踏んだ。しかし──


「──っ!? なんだ貴様、その武器はなんだぁぁぁ!!」


 ヘルもまた切り札を使う。

 それは短剣。

 アンリのサインが入った短剣だ。


 ペリシュオンの酒場でアンリはヘルの短剣にサインをした。

 その際、アンリは短剣に細工をしていた。

 ひたむきに努力をしているヘルの成長を願い、どのような訓練にも耐えられるように術式を組んだのだ。


 ヘルの魔力が流れ、短剣は光を帯びる。

 決して折れないようにアンリに願われた短剣は、裏を返せば、込める力さえ足りていれば何でも斬れる短剣にもなった。


『<全ては死ノ神様の為にハイル・マイン・タナトス>!!』


 ヘルの叫びとともに、短剣は眩いばかりに光を放つ。

 何でも斬れる短剣は、魔法を貫き、ペンダントを貫き──


「──母様ぁぁぁぁ!! 俺は、俺はただ、あなたにぃぃぃ──」


 ──ナイトの心臓を貫いた。


 母からの愛を最後まで感じられなかった男が倒れたのは、初めての友の傍だった。

 それだけが唯一の救いか。それとも皮肉になるのか。


 どちらにせよ、これがナイトの最期だった。

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