202 本来の力
今度こそ確実に息の根を止める。
ナイトは駆けながら剣を握る手に力を込める。
対してヘルは笑顔を浮かべながら短剣を構える。
「勝負だナイト! 悪いけど、勝たせてもらうよ!」
なぜ生きているのかは不思議だったが、その相手がヘルで安堵した。
もしも相手がアムルだったら、これからの戦いは辛いものになっていただろう。肉体的にも、精神的にも。
「ほざけよ雑魚が! 格の違いが分からんのか!」
ナイトは上段から大振りで剣を振る。
──ギィィィン
それを、ヘルは右手の短剣で受けた。
ナイトはニヤリと笑う。
これは、いつもの模擬戦通りだ。
この後、隙だらけのヘルの鳩尾に、勢いのままに蹴りを叩きこみ決着、というのがいつものシナリオだ。
──ヒュン
「ちっ!? こいつ!」
だが、今回はいつもと違う。
ヘルの左手に握りしめた短剣が、ナイトの追撃を許さなかった。
──ヒュン、ヒュン
辛うじて躱したナイトを、更にヘルの追撃が襲う。
予想外の攻撃に慌てたナイトは、急いで距離をとる。
「二刀流……貴様、いつも動きがぎこちないと思っていたが、それが本来の戦い方か。これまで俺を騙してたのか……舐めやがって……」
先の攻撃を躱しきれなかったナイトは、頬から少量の血を流しながら悪態をつく。
長い間騙されたと思っていたナイトだが、ヘルにはそのつもりは一切なかった。
ヘルは自分の都合で、一刀しか使っていなかっただけだ。
それは、片方の短剣にアンリのサインを貰ったから。その短剣を使うことで、サインを傷つけたくなかったからという、ただの子供の
過去、サインを貰った武器を使わないことに、ハルから叱責を受けたが、ヘルはそれでもその武器を使わなかった。
アムルとハルは呆れながらも仕方がないと諦めていたが、本来の戦闘スタイルを知らないナイトからすれば、ある種奇襲のように感じられただろう。
「多少はできるようだな……だが、俺には勝てん! 俺は偉大なる神様から名前を頂いた、特別な存在だからな!」
ナイトはギアを上げ、戦いは再開する。
(このガキ……強い……っ!)
戦いは続くが、ナイトは驚愕していた。
警戒するべきはアムルただ一人と思っていたが、ヘルの強さはそれを上回っていた。
(この速さ……流石に母様には及ばないが……)
本来の戦闘スタイルに戻ったヘルの攻撃を、ナイトは捌ききれなくなっていた。
二刀になり単純な手数が倍になったということもあるが、ヘル自身の動きが見違えるほど速くなったのだ。
(攻撃が早く、なにより重い! この小さな体のどこにそんな力が……)
そして、一撃一撃が全身全霊の力を込めたような破壊力を持っている。
スピードと力の両方がヘルに軍配が上がっており、このまま続けばナイトの敗北は必至だ。
「舐めるなよガキィ! 俺は特別だぁぁああ!!」
そこでナイトは奥の手を使う。
カスパールから貰ったブローチだ。
ブローチには魔石が埋め込まれており、魔力を流すことで魔法の発動を可能にしている。
アンリの手が加えられており、ブローチは一度しか使えない代わりに、魔法の威力は大きく底上げされていた。
どうしてもナイトに勝利させたかったカスパールは、そういった装飾品をいくつかナイトに渡しており、その中でもブローチは別格の逸品だった。
『<
ナイトを中心に、眩いばかりの閃光が迸る。
近接戦闘を軸としているためナイトに接近していたヘルは、直撃を受け吹き飛んだ。
「はぁ……はぁ……俺にこれを使わせるとは」
役目を果たし、ボロボロになったブローチを見つめ、ナイトは項垂れる。
「折角の母様から貰ったブローチが……いや、落ち着け、優先順位を違えるな。一番になり特別になれば、母様はさらに俺を愛してくれるはずだ」
ナイトはヘルを探すが、魔法の効果により部屋はボロボロになり、ヘルは瓦礫に埋もれていた。
よほど威力が高かったのだろう。魔法の余波だけで、先ほどはびくともしていなかったガラスも壊れている。
「……今度こそ死んだか?」
ナイトの呟きに、軽い口調で答えが返ってくる。
「いやぁ、こんなのじゃ死なないよ?」
その言葉を聞いたナイトは、舌打ちを打つ。
そして、瓦礫から這い出してきたヘルを見て──
「……ぁ……ああ、馬鹿……な」
──愕然とし、膝をついた。
あまりにも驚いたため、握っていた剣を落としてしまう。
慌てて四つん這いになり、剣を拾いヘルを見るが、どうやら見間違いではないようだ。
「そんな、ありえない……ありえない……何かの冗談だ……」
ナイトの切り札は服を破ることしかできず、ヘル自身は無傷だった。
「嘘だ……ありえない……夢だ……夢だろうが……」
そして、服が無くなったことにより、ヘルの素肌が見えた。
同時に見えた。ヘルの素肌に描かれた、光り輝く刻印を。
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