201 異常事態

 蠱毒こどくの試練とはいうが、蓋を開けてみればナイト対その他の戦いだった。

 戦うことは決めても、自分の仲間に刃を向ける決心はつかなかったのだ。

 そのため、命を奪いだしたナイトを倒すべく、残りの子供達は団結した。


「雑魚共がぁぁ! 俺は、特別な存在! 偉大なる神様から、名前を頂いた、特別な存在だぁぁぁ!!」


 それでも、ナイトが圧倒していた。

 ナイトからすれば、唯一戦いになると思っていたのはアムルぐらいで、他は眼中にもなかったのだ。

 そのアムルがいなければ、残る全員を相手にしても労せず勝ち残るのは当然のことだった。


 時間にすれば5分も必要としなかった。

 本当に短い時間で、ナイトは子供達を皆殺しにした。


 楽だった。

 子供を殺すことは楽だった。

 アムルの血で汚れた手を、他の子供の血で汚すことが楽だった。

 いつもの訓練より簡単なもので、体は疲れていないはずなのに息が上がっていたことが不思議だった。


「終わったぞ! 俺が特別な存在だ! さぁ、褒めろ! 俺を褒め称えろ!」


 皆殺しにしてもなにも変わりがない様子に苛つき、ナイトが大声を上げる。

 だが、誰からも返答がこない。


「なんだ? 少し決着が早すぎたか? 仕方ないだろう、こいつらが弱すぎるのだ。さっさと俺をこの部屋から出せ! 熱い湯で体を洗わせろ!」


 尚も返事がないことに、ナイトは舌打ちを打つ。

 もしやあのガラスの先で何かあったのかと様子を探るが、よほど厳重な術式が組まれているのか、ナイトには感知することはできなかった。


(ふん、俺が一番になったわけだし、そろそろこの施設も用済みか。あの胸糞悪い女を殺し、母様のもとへ……ん?)


 ガラスに向かって攻撃魔法を放とうとしていたナイトだが、異常に気付く。

 その異常を目の当たりにしたナイトは固まり、しばし呆けていた。

 本物の幽霊を見た者は、みんなこのような顔になるのかもしれない。


「…………なん……だと?」


 一人、生き残っていたのだ。

 確かに子供は大勢いた。なので、可能性は低いとしても、ナイトが一人ぐらい殺しそびれていても不思議ではない。

 だがその子供は、確実に殺した相手だった。

 そのためナイトは納得できず、受け入れることができなかった。


「どうしたんだよハル。ねぇねぇ、ほら、起きてよ」


 その子供は、首だけになった女の子を抱え頬をつねっている。

 血でべとべとに汚れて凄惨な光景ではあるが、そこにあったのは笑顔だった。


 壊れている。

 ナイトはまずそう思った。


「ねぇ、冗談だよね? 死ぬわけないでしょ? ねぇ、ハルってば」


 だが、生きていた子供、ヘルは心底不思議そうな顔をしていた。

 まるで生首になった人間が復活することが、さも当然であるかのように。


 それを見たナイトは、背中に何か冷たいものを感じた。


「なぜ……生きている……俺は確かに心臓を貫いたはずだ」


 ナイトの声に、ヘルは反応する。

 その指摘が不思議だったのか、首を傾げていた。


「え? 心臓は貫かれたけど、生きてるよ? あたりまえじゃん。でも、アムルもハルもなかなか起きないんだ。この二人、こんなに朝が弱かったっけ?」


 自分の記憶が間違いで無いと知ったナイトは、額に嫌な汗を流しながらも、剣を強く握りしめた。


「貴様、ただの落ちこぼれではなかったのか……いや、構わん。ならば何度も心臓を潰すまで」


 構えをとったナイトを相手に、ヘルは笑顔で短剣を構えた。


「よし、じゃぁ僕も張り切っちゃうよ! なんたって、この戦いは死ノ神タナトス様が見てくれてるからね!」


 ナイトとヘルは同時に駆け出した。

 こうして、蠱毒こどくの試練は最終局面を迎えたのだった。

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