200 特別な存在

「く、くくく、これで一番の障害ライバルはいなくなった」


 倒れるアムルを見ながら、ナイトは薄い笑いを浮かべる。

 目の前で人殺しが行われ、驚愕した子供達は一瞬静寂に包まれる。


「あ、アムル? あれ? どうしたの?」


 アムルが死んだ。

 その事実が信じられないヘルは、優しくアムルの体を揺らしている。

 だが、それは無駄な行為だ。

 心臓を貫かれたアムルは、一切の言葉を発することも許されずに即死した。

 別れの挨拶も、人生の心残りも整理できないまま、アムルは死んだ。殺されたのだ。


「ナイトォ!! あんた、何してんのよぉ!! なんであんな女の言うことに従って、仲間を殺してんのよ!! アムルはあんたの仲間だし、友達でしょうがぁぁ!!」


 最も早く状況を理解したハルは、怒りからいつもよりも饒舌になっており、涙を流しながらナイトを糾弾する。

 それを受けたナイトは、ばつが悪そうな顔に一瞬なるが、決意に満ちた目で向き直った。


「ふん、確かにアムルは俺にとって大切なやつだった! だが、これはそれよりも大切なことだ! 俺は一番にならねばならん! 母様の名誉のためにも!」


「何が名誉よ! 聞こえてたわよ! あんた、あの女を殺すって言ってたでしょうが! 嘘つきが名誉とか、格好いい言葉を使うな!」


「殺すさ! あの女は必ず殺す! だがな、それは後での話だ。今はお前らを殺し、俺が一番だと証明する!」


 ナイトとハルが口論をしている様子を、他の子供達は怯えながら見つめていた。

 それでも流石にここまで残っているだけあって、状況判断能力に長けている。

 口論の果てには、蠱毒こどくの試練が始まると予測しており、皆が自分の武器を握りしめていた。


「ねぇ、アムル、ねぇってば。こ、こんなので死なないよね? ねぇ、起きて、起きてよアムル!」


 そんな中、唯一事態を把握できていないのはヘルだった。

 蠱毒こどくの始まりを予測できず、ナイトの裏切りもアムルの死も理解できていないヘルは、未だアムルの体を揺らしている。


「くく、技が未熟であれば精神も未熟、落ちこぼれこれに極まれりだ。貴様にも親がいるだろうに、同情するぞ」


 ──ぐさり


 見るに堪えないと、ナイトはヘルの背後から心臓を突き刺した。

 不意を討ったのはこれで二度目であり、思ったよりも罪悪感を感じなかったことにホッとした。


 だが、それはナイトの心情だ。

 仲間の心臓を二度も刺されたハルは、仇を討つために魔力を練り上げる。


「あんたってやつは……下劣の極み」


「何を言っているんだハル。今は蠱毒こどくの試練の最中だぞ? ならば、今ここで戦いをしない俺以外がおかしいではないか」


 ナイトは剣をハルに向けた。


「そして、お前ごときの魔法が俺に通じるとでも? ここまで一緒に戦ってきて俺の実力は知っているだろ? 死の間際とはいえ、無駄な行為は感心せんな」


 その言葉に思うところがあったのだろう。

 ハルはナイトに攻撃魔法を打つことは止め、心臓を貫かれたヘルに駆け寄り傷口を抑える。

 回復魔法だろうか、何かを呟いているが、それはナイトの目の前だ。


「やめろ、こいつは即死だ。……見損なったぞハル。最後の最後で、どうしようもなく無駄な行為を選択するとは」


 ──ひゅん、とナイトは剣を振る。

 せめてもの慈悲だろう。

 首と胴体を両断され、ハルもまた即死だった。


「……これで俺の一番がまた近づいたな」


 切なげな表情をつくったのはほんの一瞬。

 元の仲間を全て殺したナイトは、どこか吹っ切れた顔で周りを見据える。


「くくく、これでいい。後は他の雑魚共を殺せば俺が一番だ。俺は特別な存在だ。俺は特別にならねばならんのだ。母上の名誉のためにも、なにより、俺自身のためにも!」


 こうして、蠱毒こどくの試練が始まった。

 いつもより早く戦いが始まったことに、エルリントスは満足するのだった。

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