198 蠱毒の試練

 蠱毒こどく

 それは、発祥こそ中国だが、日本でも実際に行われていた呪術の一つだ。


 やり方としては至って簡単で、へび百足ムカデサソリといった大量の毒虫を同じ器で飼育するだけ。

 そうすることで、自ずと毒虫は互いに争い、器の中で弱肉強食の世界が完成する。

 強い虫が弱い虫を喰う。それが延々と繰り返されるのだ。


 虫を中に入れた張本人ですら目視できない凄惨な戦いが続く。

 殺し、殺され、喰い、喰われ。

 それは延々と繰り返されるが、永遠ではない。


 虫の数は有限だ。

 幾多の死を超えた先には、全ての虫を喰った、たった一匹の毒虫だけが残る。

 その毒虫には神霊が宿るといわれ、地域によっては祀られる存在でもあった。


 実際の蠱毒こどくでは、その毒虫を利用し人を害するというものだが、エルリントスは最後に残る毒虫こそを目的としていた。


「さぁ、戦いなさい。どうしたのです? さぁ、さぁ。特別になるのです」


 エルリントスは、子供達で蠱毒こどくを行えば、残った者に神霊が宿ると本気で思っていた。

 実際に過去蠱毒こどくの試練での成功者の中から、神の力が宿ったとも思える存在を輩出した成功体験が、その考えを増長させていた。


「俺達で……殺し合えだと? 何を言っているあのババァ……」


 静寂の中、ナイトの声が響いた。

 演説し興奮しているエルリントスとは対照的に、実際の子供達は冷めた視線を送っていた。

 チーム同士での殺し合いならまだしも、チーム内でも殺し合えと言われ、誰も行動を起こさず困惑している。


 ただただ時間が過ぎることを良しとしなかったエルリントスは、再度催促を行う。


「どうしました、私の子供達。早く戦いなさい。言っておきますが、決着がつくまではこの部屋から出られませんよ? ご飯だってお預けですからね。さぁ、早く戦うのです」


 その言葉を受けた子供達は、自分たちが現在の大部屋に閉じ込められたことに気付く。

 強く拳で叩いてもびくともしない扉は、大人の力でもこじ開けることは困難だろう。


「私の言うことが聞けないなんて、本当に困った子供達……あなた達は死ぬまでその部屋かもしれませんね」


「僕たちを、パパとママの元に返して!」


 一人の小さな子供がエルリントスに大声で反論する。

 小さな子供ではあるが、この場にいる者達は皆優秀だ。

 大声を上げた子供の感情の高まりに伴い、魔力が集まる。


『我は祈る、雷の神に。我は望む、敵を討つ力を。願いを力に、雷に変えて、いざ敵を討つ槍とならん! <敵穿つ雷槍ライトニング・ジャベリン>!』


 子供が魔法を放った先は、エルリントスを隔てているガラスだ。

 子供から姿は見えていないが、そこにいると気配を察知したのだろう。


 どぉん! と、大きな音が響くも、ガラスには傷一つついていなかった。


「無駄なことはお止めなさい。無駄な考えはお捨てなさい。あなた達がここから脱出することは不可能です。寂しいのも分かりますが、大丈夫です。私があなた達の母になってあげますよ。だから、戦いなさい、私の可愛い子供達」


 施設から出ることができないと知ると、何人かの子供は泣き出していた。

 先程の静寂よりも、更に居心地の悪くなった雰囲気の中、アムルはナイトに耳打ちする。


「あのガラス、ナイトならどうにかできないか?」


 アムルは蠱毒こどくの試練を行う気は一切無く、打開策を考えていた。

 あまり知らない子供達はまだしも、パーティーメンバーと戦うことなど考えられなかったからだ。


 確かにエルリントスの言う通り、脱出は難しいのだろう。

 それでも、どうにかなるとアムルは判断した。

 アムルとナイトが力を合わせれば何でもできると思っていたし、ハルやヘルのサポートも頼もしい。

 加えて、ガラスさえ破壊できれば、アムル達以外のパーティーの協力を仰ぐことも可能だからだ。


「あのババァ、母様を差し置いて俺の母を騙るなど胸糞悪い。アムル、俺はあの女を殺すと決めたぞ」


 些か物騒な物言いではあるが、ナイトもこちら側だと判断したアムルは、ホッと胸を撫で下ろす。


「それで? あのガラスは破壊可能か?」


「可能だ。…………いや、魔力を練り込む時間が必要だな。奴に気付かれて先手を打たれると面倒だ。アムル、お前、俺をあの女から見えないように壁になれ。俺は集中するから、あのガラスの先に何か動きがありそうなら教えてくれよ」


 アムルは頷くと、ナイトの前に立ちガラスを見据える。

 見た目では分からないが、先程の魔法では傷一つ付かなかったため、何か細工がされているのだろう。

 それでも、アムルはナイトの力を一番に信頼している。

 そのナイトが可能と言ったのだ。ならば、アムルはその言葉を信じ背中を預けるだけだ。

 ガラスが破壊されたら、他の子供達を先導するために自分が一番槍になるべきだろう。

 ガラスの向こうに何があるか分からずリスクは高いが、ハルやヘルを先に行かせることは自分の名誉が許さない。


「ありがとなナイト。あの時、お前がパーティーに来てくれて本当に良かった」


 独り言のつもりではあったが、ナイトには聞こえていたようだ。


「それはこっちのセリフだアムル。あの時、お前が俺をパーティーに入れてくれて本当に助かった」


 照れ臭さを感じたアムルが、次に感じたのは軽い衝撃。それだけだ。


「おかげで、一番の障害ライバルを簡単に排除できたからな」


 そしてアムルは、何も感じなくなった。

 背後から心臓を刺されたことによる痛みも。

 信頼していたナイトに裏切られた悲しみも。


 何も感じることなく、アムルは息絶えた。

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