197 最後の訓練


「子供達よ、よくぞここまで試練を乗り越えました。あなたたちは私の宝です。あなたたちは──」


 施設責任者のエルリントスは、子供達の顔を見据え激励する。

 しかし、互いを隔てている窓には細工がされており、子供達からはエルリントスの姿は見えていないため、子供達は思い思いに寛ぎ過ごしていた。


「今日喋るのはいつもの人と違うね。いててて! ハル、そんなに押さないでよ!」


 アムル達のパーティーは準備体操をしていた。

 それも当然。これからいつもの訓練が始まるのだ。

 他のパーティーも同じく体操をしているか、日頃のルーティーン作業を行っている。

 足を開脚したヘルの背中を押しながら、ハルは悪戯な笑みを浮かべる。


「……随分嬉しそう。女の人がいいなんて、ヘルも思春期」


「ち、違うよ! 神様に活躍を知ってもらえるよう、頑張ろうと思ってたんだよ!」


「……そういうことにしておく」


 ハルとヘルは普段と同じように気楽に過ごしているが、ナイトとアムルはそうではなかった。

 周りに気付かれないよう、続く激励を聞きながらも小声で相談をしていた。


「妙だな、これまで褒められたことなんてあったっか?」


「ないな。しかし俺の能力と才能を考えたら、褒める以外のことはできんのだろう」


「……ナイト、そうじゃなくてな」


「あぁ、分かってるさアムル。話の節々から、この声の主は随分な権力を持っていると推察できる。いつもの奴が体調を崩したので代理ってわけじゃないだろう……今日は何かあるな」


 これまでは、男の声で淡々と訓練の内容を説明するだけだった。


「──あなた達はまだ若い、若すぎるといってもいい。他にやりたいこともあったでしょう。それでも、あなた達は将来の成功を考え、今こうして努力している。本当に優秀な──」


 それが今日は訓練の内容は一切語られず、ただ女が想いを訴えているだけだ。

 明らかにいつもとは違うアナウンスだった。


「それになナイト、一度にこんなに集まるなんて、いつ以来だ?」


 アムルの言葉を聞き、ナイトは周りを見渡す。

 最近の訓練はパーティー毎での戦闘がメインとなっている。

 そのため、パーティー以外の人間とは会う機会が極端に少なくなったが、今日は6パーティー25人が集まっている。


「ふむ、複数パーティーでの共同訓練か。俺達のパーティーに付いてこられる奴らがいるか見ものだな。そもそも、どんな魔物が出てきても俺とアムルだけで事足りるだろうさ。顔ぶれを見た感じ、一応上位のクラスのみが集まっているようだな。雑魚共の間引きぐらいは任せてみるか」


 アムル達は知らない。

 今日集められたのは、訓練施設にいる全ての子供達だ。

 他のパーティーは訓練をこなすことができず死んでいったのだ。


「──全てはあなた達のため。あなた達を特別にするため。普通じゃ駄目です、特別がいいのです。特別のみがあなた達に許される。そしてあなた達は、それを手にする目前まで来ている。何があっても──」


 エルリントスの長い演説を、大概の子供たちは聞くことを止めていた。

 だが、次の言葉で全員が演説を傾聴することになる。


「──これが、最後の試練です。これを乗り越えた先に、特別な未来が待っています」


 最後の試練。

 施設に無理やり連れてこられた子供たちは、その言葉を聞き瞳に希望の炎を灯した。


「特別な存在となれば、勿論その待遇も特別です。美味しいご飯を食べたい。両親と一緒に過ごしたい。権威ある職につきたい。なんでも、なんでも要望を頂ければ、私がそれを叶えましょう」


 普通、無理やり連れてこられたのであれば、いくら子供と言えどこんな言葉は信じないだろう。

 だが、エルリントスの言葉には力があった。

 本当に特別な待遇が与えられるのだと信じることができた。


「くだらんな」


 しかし、ナイトやアムルといった被検体は別だ。

 アンリの力になること以外、特段要望といった要望がないため、これで喜んでいる子供達の気が知れなかった。


 ふと、ナイトの目にヘルが映った。

 ヘルも他の子供のようにはしゃがずに、いつもの気の抜けた顔をしている。


「意外だな。お前なら死ノ神タナトス様に会わせて欲しいです! とか言ってはしゃぎそうだが」


 その指摘を、ヘルは心底疑問に思う。


「え? そんなの無理でしょ? だって死ノ神タナトス様より偉くて強いひとなんていないんだから、あの女の人に言っても仕方ないよ」


「く、くく、かっはっは! なるほど、確かにそうだ! いやお前、普段抜けているが、なかなかに冴えていたな!」


 ヘルの返事を聞いたナイトは大笑いする。

 才能が無いと馬鹿にしてはいたが、その信仰心は確かなものだと評価した。


「──それでは、最後の試練の内容をお伝えします」


 ここで、全員が沈黙する。

 訓練の内容を一文字でも聞き漏らせば、特別待遇を逃すどころか命にも直結するからだ。


 そして、エルリントスは内容を告げる。


「最後に待ち受けるは蠱毒こどくの試練。今からあなた達で殺し合いをしてください。戦い、殺し、殺され、残った最後の一人が特別です。さぁ私の子供達、特別な存在になりなさい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る