193 教育論

 ナイトを新たにメンバーに加えたアムル達の4人パーティーは、才能あふれた人材しかいない訓練施設でも突出していた。

 チーム単位での模擬戦では他を圧倒し、訓練中に多くの死者を出した高ランクの魔物との戦闘でも、全く危ぶまれることなく勝利を収めていた。


 これに、同じ施設の子供達は羨望の眼差しを向け、施設を運営している大人達は歓喜した。



「エルリントス室長、昨日のデータを見ました? あのチーム、本当に優秀ですよね」


 部下からの言葉を受け、エルリントスは眼鏡を掛け直す。


「えぇ勿論、その日の内に見ましたよ。特にナイトとアムルは別格ですね。ふふ、今期の教育が成功すれば、この施設の歴史の中でも一番の存在になるかもしれませんね」


 エルリントスはその能力を買われ、僅か30歳でこの施設の責任者となった女だ。

 保育士の皆が母性溢れる素敵な女性なのだと、大抵の男が一方的に思ってしまうように、子供達を教育する施設長であるエルリントスは、一見子供思いの優しい女性に見えた。


「この施設の歴史で一番? はは、それは流石に無いでしょう」


 エルリントスよりも年上の職員は、上司の言葉に異論を唱えた。

 それはここの職員が誰しもが最初に思った感想ではあったが、実際に口にした者がいたことに周りはギョッとする。


「無いとお考えで? ふふ、あなたは首です。私の視界から消えるように」


 いきなりの解雇宣言に、職員は狼狽した。


「え? じょ、冗談ですよね? 私、何も問題を起こしては──」


「──冗談ではないですし、問題は大有りです」


 エルリントスは再度眼鏡を掛け直す。

 その表情からは、明らかな呆れが見て取れた。


「あなたからは、歴史を塗り替えるという気概を感じられません。教育者である私達がそんなのであれば、子供達の成長もそれまでです。ですから不要ですし、目障りです。あなたは私の教育論のノイズにしかなりません。もう一度だけしか言いませんよ? 私の視界から消えるように」


 その慈愛に満ちた雰囲気とは裏腹に、エルリントスは向上心が高く他人に厳しかった。

 そのことを知っている古参の職員たちは、巻き込まれないように話を止め仕事に戻る。


「ちょ、ちょっとまってくださいよ! 私のとこ、二人目の子供が生まれたばかりなんですよ!? 今解雇にされると──」


 ──ぷす


 反論していた職員は、白目を向いてうつ伏せに崩れ落ちる。

 エルリントスが首に注射を打ったのだ。


「何度も同じことを言わせて時間を取らせるなんて、あの子供達のほうがずっと優秀ですね。全く……この方は私の教育を邪魔している自覚はないのでしょうか。誰か、後処理を頼みます。訓練用の魔物に襲われたことにしておいてください。危険予知訓練をしたという証跡も残しておくように」


 急いで他の職員が言われた通りに行動を起こす。

 邪魔者がいなくなったことにエルリントスは満足し、再度書類を見直していた。


「もう何年もこの施設は有力な人材を輩出していません。いい加減、過去の栄光にすがるのは止めましょう。私たちは挑戦者。Sランクと言わず、SSランクを目指して取り組みましょう」


 そこに異論を唱える者は誰にもいない。

 エルリントスは、自身側から一方的に見られるように細工をしたガラス越しに子供達を見ながら、次の指示を出した。


「少し早いですが、訓練のレベルを上げましょう。……いえ、いつもと同じ訓練をしても、いつもと同じ力量の子しか育ちません。訓練の難度も大きく見直した方がいいかもしれませんね」


 そこに、職員は確認の意を込めた質問をする。


「今レベルを上げるとなると、訓練についてこられそうなチームは限られてきます。他の子供たちは死んでしまうと思いますが、よろしいので?」


 エルリントスは、ガラスに手をつき頷いた。


「全く問題ありません。どのみち、今期での最高傑作はあの二人のどちらかでしょう。あの子たちの教育を遅らせるぐらいなら、半分ぐらいは死なせてしまったほうが効率的です」


 眼鏡を掛け直したエルリントスは、子供の成長を想いを馳せる。

 彼女の教育論では、特別な存在を育てるためであれば、その他大勢は犠牲にしかならないようだ。


 見られていることも知らない子供達は、自分達の訓練がさらに過酷なものになるなど、知る由もなかった。

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