194 友情

 皆が寝静まった夜、ナイトは胸元につけたブローチを強く握りしめる。


母様かあさま、見ててください……」


 きっと自分の活躍を見ているであろう母に向けての言葉だったが、その言葉は別の者にも拾われていた。


「綺麗だな、それ。ナイトの母さんってどんな人なんだ?」


 アムルである。

 10代前半ともなれば、母への愛を他人に知られることは恥ずかしくなるのだろうか。

 ナイトは顔を赤くしながら狼狽した。


「お、お前、何で起きている! 今は俺が見張りの時間だろうがっ!」


 アムル達のパーティーは、訓練施設のカリキュラムであるサバイバルを行っていた。

 2週間の間、常に魔物に狙われる環境を模した施設で過ごすという訓練だ。

 24時間気を抜けないことに加え、一匹一匹の魔物が高ランクであり、大人の高ランク冒険者でも生き残るのが難しい訓練だった。

 事実、他のチームでは死人が多く出ているが、アムル達には知る由もない。


 既に1週間が過ぎているが、アムル達にはまだ余裕があった。

 それでも、睡眠欲には勝てるわけがなく、今のナイトのように見張りを立て、交代で寝るようにしていた。


「俺の働きを無駄にする気か……?」


 にも関わらず寝る様子のないアムルに対し、若干の眠気があるナイトは苛つきの声を上げる。


「はっはっは! そんなに怖い顔すんなよ!」


 凄んでいるナイトを袖に、アムルはその隣に座り飲み物を差し出す。


「いや、ナイトと少し話したかったんだよ。ハルとヘルがいたら、なかなか落ち着いて時間がとれないだろ?」


 ナイトは勝手にしろと言わんばかりに、顔をそっぽに向けた。

 そんな態度をとりながらも大切にブローチを握りしめているナイトに、アムルは笑って声をかけた。


「大事なんだな、それ」


 その言葉を聞いたナイトは、得意気に自慢する。


「当然だ。これは母様から頂いた物だからな。母様の話では、これは偉大なる神様がお創りになられた至高の一品だそうだ」


「えぇ!? 本当かよ……ナイト、お前は本当に凄いんだなぁ……羨ましいぜ」


 アムルの反応に満足したナイトは、アムルとの距離を少し縮める。


「ふん、だろうな。俺は幸福者だ。偉大な神様から名前ばかりか、こんなに貴重な物まで頂けるなんて」


 ナイトは自慢するが、アムルは何も答えず俯いた。

 沈黙が気まずくなったナイトは、折角の二人きりの時間なので以前から考えていた提案をすることにした。


「アムル、お前は他の二人と比べても突出して強い。それどころか、まだ力を出し切っていないな? ……なぁアムル、俺とお前だけでチームを組まないか? 無駄な荷物を抱える必要はない。やつらは放っておいて、二人だけで強くなろう。頂まで最短の道を走らないか?」


 アンリから7110番ナイトの名前を貰ったのは、それだけ期待されており、強さの証拠だ。

 そんなナイトではあるが、アムルの強さに目を引き勧誘を行う。


「……いや、俺はいいや」


 だが、アムルは俯いたまま首を横に振った。


「なぜだ? 見たところあの二人はお前の足を引っ張っている。お前はどこか……気を遣っているんじゃないのか? お前一人なら、もっと速く動けるんじゃないか?」


 ナイトの指摘に、アムルは正直に答えることにした。


「かもなぁ……でも、俺はあいつらと一緒にいたいんだ」


 理解できないと呆れるナイトに、アムルは言葉を続ける。


「ナイト、お前は神様から名前を貰えたんだろ? でも、俺は貰えなかったんだ」


 アムルの告白に、ナイトは目を見開いた。


 ナイトのようなホムンクルスとして誕生した被検体は、原則自分の生まれを言ってはいけないよう言われている。

 そのため、自分の他に被検体がいても気づかないだろう。

 それでも日頃の言動から、アムルはナイトが名前付きネームドなのだと当たりを付けていた。


「は、はは……なるほど、お前が強いわけだ。お前も俺と同じ、神様の作品だったというわけか」


「いいや、言っただろ? 俺は名前を貰えなかった。失敗作さ」


 そう呟くアムルからは、普段の元気はまるで感じられない。


「だけどな、そんな俺にハルが名前を付けてくれたんだ」


 ”私がハルで、こいつがヘルだから……あんたはアムル”


 ハルとヘルに出会った時を思い出し、アムルは小さな笑いを溢す。

 同じような名前の三人は、自分たちを一心同体のように思っていた。

 誰か一人が欠けることは許されないし、それはアムル自身に対しても同じことだ。

 

 そのため、アムルは今のチームを抜ける気はなく、そのことはナイトも理解したようだ。


「……ふん、どうりでお前たちの名前が似ているわけだ。アムル、お前はまだいいがハルとヘルなんて似すぎだぞ。紛らわしいにもほどがある」


 尤もな指摘に、アムルは大声で笑い出す。


「あっはっは! まぁそう言うなよ! ちょっとでも仲間意識を持ちたい俺達の弱さを少しは分かってくれよ。胸張って偉そうな女の子がハル。身長を減らされたのかってぐらい小さな男の子がヘル。どうだ? 覚えやすいだろ?」


 無茶があるような覚え方ではあるが、ナイトの記憶力はそこらの子供と比べようがないほど優秀だ。

 そもそも先ほどの指摘が冗談だったナイトは、アムルの冗談も笑って聞き流した。


 ふと、思い出したようにアムルが依頼する。


「……ヘルには俺達の生まれのこと、言わないでくれよ」


「……なぜだ?」


 自分の生まれを原則言ってはいけないため、勿論ナイトはヘルやハルに言うつもりはない。

 しかし、わざわざ釘を刺されたことを疑問に思う。


「あいつは死ノ神タナトス様の大ファンでな。俺達が死ノ神タナトス様の子供と知れば、これまでの関係が壊れそうで……今のまま、楽しくやりたいんだ」


 アムルの説明に、ナイトは満足し理解を示す。


「くく、そういうことならば問題ない。それにしても、お前たちのチームの落ちこぼれと思っていたが、なかなか見込みのあるやつじゃないか。気に入った」


「だろ? ヘルは凄いぜ。死ノ神タナトス様マニアなんだ。どっから集めてきたのか分からない死ノ神タナトス様の情報を教えてくれるからな。それに、あいつは自分の武器に死ノ神タナトス様のサインを貰ったこともあるんだぜ」


「…………そうか、それは本当に凄いな」


 アンリのサインを貰った。

 自分も成し得ていない偉業に、ナイトは素直に驚く。


 しかしその瞳には、嫉妬の炎が宿っていた。

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