190 ネグレクト

「あははは! ねぇヤールヤ、なんでこの子たちは死んじゃったの!?」


 幼児の死体で溢れた部屋の中で、アンリはヤールヤに質問する。

 しかし、ヤールヤは何も答えられず泣くばかりだ。


「元気になったと思えば急に泣き出して、大丈夫かいヤールヤ!? 情緒が少し不安定だね! 魔族って、思ったよりも繊細な種族なのかな!?」


 アンリは知らない。

 この育て方では、魔族ではなく人間の幼児でも死んでしまうだろう。


 アンリとしては、子供は十分に栄養を与えていれば問題なく育つと思っていた。

 特に身体能力の高い魔族であれば、泣いているのを無視し三日に一度の食事でも無事に育つと楽観視した。


 しかし、子供の成長にとって大切な要素は栄養だけではない。

 スキンシップが必要なのだ。


 子供からのコミュニケーションの一切を無視すれば、成長ホルモンに障害が発生することは科学的に立証されている。

 そうなれば体の発達が上手くいかず、そのまま継続すれば死に至る。

 そのため、子供を無視する行為はネグレクトと呼ばれ、虐待の一種として危険視されるのだ。


 教育分野など専門外でありそのことを知らなかったアンリは、500人の魔族の幼児を愛を知らぬまま死なせることとなった。

 そこに罪悪感は全くない。

 あるのは純粋な興味だけだった。


「後で100人追加してみたけど、やっぱり結果は同じだったんだ。魂も大分弱って生き返らないし、なんでだろうなぁ」


 ヤールヤは意味は分かっていないが、涙は流れ悲しみに暮れる。

 ヤールヤにとっての事実は、魔族の子供が大量に死んだことだけだ。


「ねぇヤールヤ、これからの教育方法や魔族の生態について、アドバイスを貰ってもいいかな?」


 だから、この依頼への返事は強制されたものだった。


「…………あたいにできることなら、なんなりと……」


 アンリに任せていると、折角残った魔族の種が全て途絶えると思った。

 ならば、少しでも意見を投じ、魔族の未来に光を当てるほうが良いだろう。


 ヤールヤの返事にご満悦なアンリに、アルバートが質問する。


「幼児の育成はいいとして、児童の教育はどうするのだ? やつらは既に言葉を理解しているぞ?」


 いくら世話係である奴隷の口を塞いでも、10歳にもなった子供のコミュニケーション能力は発達している。

 一人一人を隔離すればいいかもしれないが、アンリは他の手段を見つけていた。


「アフラシア王国を参考にしようと思ってるんだ」


「というと……お前の妹が言っていた例の教育機関か」


「正解。フォルテのために探してた方法だけど、それのトライアルってとこだね。いやぁ、情けは人のためならず、ってこういうことだよね」


 二人が話しているのは、アフラシア王国にある愉悦倶楽部のルートから入手した情報だ。

 曰く、アフラシア王国には才能ある子供達を集め、高い戦闘能力を有した存在の輩出を目的とした英才教育機関があるらしい。

 情報のアンテナを広げていたアンリすらも知らない機関であり眉唾ではあるが、調べると確かにそれは存在していた。


「ふむ……アフラシアの教育方法を知るために頃合いの者達を送るとするか。10歳を超えたあたりで有望な子供を人選しよう」


「いや、それには及ばないよ先生。実はね、もうそこに子供は送り込んでいるんだ」


 行動の早いアンリに、アルバートは肩をすくめる。


「ふむ、お前がその自身満々な顔で送るとなると、例のホムンクルスだな?」


「あはは、嫌だなその呼び方は。彼らはれっきしとした子供達だよ。確かに体外受精をさせてから遺伝子操作をして、成長を促進したからか寿命は長くないけどさ」


「…………それは普通の子供ではないがな。いや、お前に普通を問う。これは我輩の過ちだ、気にするな」


 一人納得し首を振るアルバートに、アンリは送った人選について力説する。


「送ったのはあの7000番台さ。しかもその中には名前付きネームドもいるんだ。アフラシアの人達はあの才能を目の当たりにして、嬉しさのあまり踊ってる頃じゃないかな?」


 アンリは遺伝子操作をして生み出した子供達に、奴隷と同じように番号を割り当てていた。扱いとしては奴隷と一緒の絶対服従なので、誰も異論を唱えない。

 その中でも7000番台は特に成果が上がっており、そのまま成長すれば皆がAランク以上を目指せる逸材だ。

 更に、著しく能力が高い者にはアンリが特別に名前を与えており短期間でSランクをも目指せるだろう。

 名前を貰えなかった子供たちは自分で勝手に名づけしているが、子供はそういうものが嬉しいのかなとアンリは放置していた。


「ふむ……名前付きネームドといえば、お前が喜んでいたのが記憶に新しいな。なんでも、被検体の中でも一番に優秀だった子供に、番号にちなんだ名が付けられたとか。7110番だったか、7734番だったか……ふむ、いかんな。生きている者のことはどうにも覚えられん」


「あはは、あの子は特別さ。僕はデータを見ただけだけど、7000番台の中でもあの子の能力は別格だね」


「折角の自信作を訳の分からぬ機関に送り込むなど、悪手であると思うが……何がどう起こっても名前付きネームドは強く育つだろうし、意味はあるのか……いや、何でもない、我輩は大人しく、その成果を待つとしよう」


 なぜか寒気を感じたアルバートは、教育機関での実証実験を静かに見守ることにした。

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