191 被検体7110番

「伏せろ、ヘル!」


 リーダーであるアムルからの指示に従い、人間の子供であるヘルは咄嗟に屈む。


「グギィィ!」


 獣人族であるアムルの素早い連撃に、魔物は悲鳴を上げながら後退する。


「……アムルも伏せる」


 次いで、魔物を襲ったのは水魔法だ。

 火や雷といった他の属性に比べて、水魔法の攻撃力は低い。

 だが、ハルの水魔法は別格だ。


「ギャァァァァ!!」


 並みの魔法使いではCランクの魔物に傷つけることが精一杯である水金槌ウォーターハンマーは、Bランクの魔物を絶命させていた。

 黒髪の言葉足らずな少女であるハルは、魔法の力量には絶対の自信を持っている。


「ナイス! いやぁ、俺達のチーム、いい感じじゃねぇか!?」


 アムルは上機嫌だが、とどめを刺したハルは納得いっていない。


「私は強い、それはいい。アムルも強い、それはいい」


 ハルは座り込んでいる人間の子供を見つめる。


「ヘル、あなたは何をしている。その武器はただの飾り?」


 元ペリシュオンでアンリからアドバイスを受けた彼らは、アフラシア王国にやってきていた。

 そこで冒険者登録をするや否や、快進撃を続ける子供の彼らにある時声がかかった。


”もっと強くなりたくはないか”


 怪しげな男からの誘いではあるが、とにかく強くなりたい彼らは、すぐに肯定の返事をしたのだった。


 アムル達が連れられてきたのは、アフラシア王国が極秘で運営している訓練施設。アンリが最近情報を手にした件の教育機関だ。

 地下に作られたそこには、アムル達の他にも300人ほどの子供が訓練をしていた。

 アムル達は目的が一致したため気にしていないが、普通の子供たちは拉致にも等しい行為で連れてこられ過酷な訓練を強制されるため、顔に悲壮感が出ている子も珍しくない。

 有望な者達を集めているのだろう。

 皆が子供とは思えない能力を持っており、この施設に籠っているため更に力をつけている。


 今回、アムル達3人のチームはクラス分けの試験を行っていた。

 魔物を倒す速さと手順を評価され、上位のクラスに行くことができればその分上位の教育を受けることができる。

 その為、特にハルは真剣に試験に臨んでいた。


「攻撃をしたのは私とアムルだけ。ヘルは眺めていただけ。それも魔物じゃなく短剣を。ヘル、戦う気ある?」


 だからこそ、ハルはヘルを許せなかった。

 ハルはヘルの実力を認め評価しているが、アフラシアに来てからはその動きを見せなくなった。


「ご、ごめんよハル……だ、だって、死ノ神タナトス様のサインを貰った剣が、万が一にも傷ついちゃったらと思ったらさぁ」


 そして、その理由は明白だった。

 ペリシュオンの酒場でアンリからサインをもらった短剣を、ヘルは使う素振りを見せなかったのだ。

 この理由にハルは呆れるも、アムルは大きく笑う。


「はっはっは! ヘルの気持ちは分かるよ。だけどさ、だったら早く強くなって、もう一度死ノ神タナトス様のサインを貰いに行けばいいじゃないか。俺達もSランク、いや、SSランクになれば死ノ神タナトス様に認めてもらえるんじゃないか?」


「な、成程……アムル頭いいね! ようし、僕、頑張るよ!」


「その意気だヘル! どっちが早く有名になるか、俺と一緒に競争だ!」


 テンションを上げる二人に、紅一点であるハルはため息をついていた。


「……どうでもいいけど、これで上位クラスになってなかったら殴るから。アムル、あんたもね」



 ハルの心配をよそに、アムル達三人のチームは最上位の組へと分けられた。

 そのことにアムルとヘルは喜んでいるが、ハルは手放しでは喜べない。


「私達が二位だなんて……屈辱」


 トップの成績をとれなかったからだ。

 ハルは試験で一位だったチームのリーダーを見る。

 そのリーダーは、アムル達に向け勝ち誇った笑みを浮かべていた。


「おいおい、まさか俺に勝てると思っていたのか?」


 その子供は、肌が薄黒く耳が少し尖っていた。

 その容姿を誇りに思っている彼は、アムル達に宣言した。


「我が名はナイト。偉大な神様に直接名を頂いた、特別な存在であるハーフエルフだ。貴様らは、俺の立てた土埃でも拝んでいるのだな」


 余程自分の名前が好きなのか、ナイトは名乗りの時に至高の表情を浮かべていた。


 癪に障ったハルが言い返そうとするが、ナイトは続けて言葉を放つ。


「その汚い耳、獣人族のアムルと言ったか。お前がリーダーだな? 命令だ、俺をお前のチームに入れろ」


 これに驚いたのは、ナイトとチームを組んでいた二人だ。


「お、おいナイト! お前は俺達のリーダーだろ!?」

「な、なんでわざわざチームを変えるのよ……」


 それにナイトは、一切悪びれる様子はない。


「母上に言われたんだ。君達とは仲良くするなってさ。それにな、ここまで一緒に戦ってやっただけ光栄と思えよ?」


「くっ!? この、勝手にしろ!」

「あんたと仲良くするやつなんていないわよ!」


 ナイトと同じチームだった二人は、怒ってどこかへ行ってしまった。


「なぁアムル、いいだろう? 俺が入れば、次の試験では間違いなく一番だぞ」


「はっはっは! ナイトは変わってるな! いいよ、これから俺達は4人チームだ。仲良くしようぜ!」


 普通の神経をしていれば、このような自分勝手な者をチームに加えることはしないだろう。

 だが、アムルは獣人族であり、差別や仲間外れに敏感だ。

 そのため、博愛主義ともいえる精神で、ナイトをチームに加えることにした。


 それが、後の自分にどう災いするのかもしらずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る