185 楽園を目指した女 10
それから、ヘイラの生活は変わった。
商売自体は変わっておらず、その身を男に売る娼婦のままだった。
だが、顔が元に戻ってしまったため、以前のように高額で売ることはできなくなった。
顧客単価が少なくとも、借金の利子だけでも返済する必要があるため、とにかく量をこなした。
一番ヘイラにとってありがたい客だったのは、以前は一番嫌悪していたゴブリンもどきだった。
その性欲は他の種族よりも抜きんでて高く、女の顔など二の次である彼らは、ヘイラのメイン客となっていた。
同じ一時間でも何度も行為に及ぶため、ヘイラの体の負担は大きい。
それでも、一度に多数の雄で行為を楽しむ癖のある彼らは、大きな収入源となっていた。
どうせ孕んでいる身だ。いくら精を注がれても、何も心配するところがないのは気が楽だった。
「お兄さん、この後いかがですか?」
今日もヘイラは、人気の少ない路地裏で客をとる。
誘いながら、自分の価格を示すため指を三本立てた。
「ふん、金貨3枚だと? 笑わせるな」
ヘイラが誘ったのはエルフの男だった。
エリュシオンでの通貨で考えると、金貨3枚は300万円に相当する。
国が提唱しているキャッシュレス決済は浸透しているが、呼び方に慣れることができず硬貨で示す者は少なくない。
「いえいえ、まさかそんな。私のような卑しい人間が、貴方様のような高貴なエルフ様に、どうしてそのような価値を示せましょうか。これは、銀貨3枚でございます」
額が安いというのもあるが、己の立場を分かっていることに感心したエルフは、ヘイラを買うことに決めた。
顔は醜くても、袋でも被せればそれなりに楽しめると踏んでのことだ。
いつも通りのエルフの反応に、ヘイラは深くかぶったフードの下で笑顔を浮かべた。
行為の際、エルフの趣味嗜好は大抵一緒だった。
相手が人間だということをなるべく意識したくないのか、ある程度衣服を着たままですることを強要されたため、短剣を隠すのは楽だった。
自分のものを入れたままヘイラを殴り首を絞めてくるので、どさくさに紛れて足を斬るのは簡単だった。
「お、お前ぇぇぇ!! 下等な人間が、この高貴なエルフたるこの俺様にぃぃぃ!!」
この瞬間が、ヘイラは堪らなく好きだった。
エルフは皆、台本の存在を疑うぐらい同じ暴言を吐いてきた。
それは、今は亡きハーリッヒを想起させるもので、ヘイラをこの上なく満たすものだった。
「なっ!? なぜ魔法が使えない!?」
これも、同じ反応だった。
エルフという種族は、よほど魔法に心得があるのだろう。
誰もが最初に魔法を試し、動揺し、そのまま死んでいく。
「や、止めろ! 止めろぉぉぉ!!」
魔法が長所の一方で、その筋力は人間とそうは変わらない。
その為、ヘイラはエルフの筋力が極端に低く、この必勝法で殺せるのはエルフだけだと思っていた。
いや、知っていたとしても、ヘイラの狙いは変わっていなかったのかもしれない。
「がぁぁああぁあぁぁあ!!」
断末魔を聞いた時、ヘイラの体は震えた。
それは商売の時は勿論、ハーリッヒとの行為の際も一切体験したことのない絶頂だった。
エルフの性癖が狂っているなら、ヘイラの性癖は壊れてしまったのだろう。
余韻に浸った後、エルフの荷物を漁りだしたヘイラは顔を顰める。
「このエルフ、碌な物持ってないじゃないの。あぁもう、あんた達は長さだけが取り柄ってわけ?」
エリュシオンでは硬貨での取引はほぼ無いため、現金を持っている者は少なかった。
そのため、金目の物のみを盗み借金の足しにしていたが、この日は不作だったようだ。
ヘイラは死体をベランダに雑に転がすと、シャワーを浴び汚れを落とす。
こうしておけば、朝目覚める頃には死体が無くなっているのだ。
顎の力が弱いからアフラシアデビルは死肉しか食べないと聞いていたが、実際には骨まで残さず食べている。
まさか品種が改造されているとは思わないヘイラは、経験に勝る知識はないのだと感じた。
いつだったか、誰かに何かを言われたことが引っかかっているが、死体の処理をしてくれる鳥さん達に感謝していた。
そうして、ヘイラの時は過ぎていった。
ゴブリンもどきから施しを受け、エルフにて性欲を満たす。
客観的に見れば落ちるとこまで落ちたヘイラだが、当の本人はこんな生活もいいかと思っていた。
しかし、膨れたお腹が目立ってきており、どうやって客を取ろうかと考えながら路地裏を歩いていた時、ついにこの生活の終わりを告げる者がやってきた。
「やぁヘイラさん、ごきげんよう」
アンリである。
ヘイラは顔を歪ませる。
確かにアンリはヘイラの顔を変えてくれた。
だが、回復魔法で元の顔に戻ったヘイラにとっては、その事実はもう無くなったものだ。
恩が無くなれば、思い出されるのは仇ばかり。
この少年に出会った時は、決まって不幸が起きるとさえ思えてくる。
ここで不幸の連鎖を断ち切るべきかと、紫の短剣を密かに握りしめるのであった。
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