174 楽園を目指した女 4

「ふんふん、成程、酷い奴もいたもんだね」


 ヘイラの話を聞きながら、アンリは回復魔法により傷を癒す。

 そのおかげか、店で会った時の気持ち悪さは霧散していた。


「そもそも、なんで君は魔法なんか使っちゃったのさ。魔法なんか使わなくても、えぇっと、ねぇ?」


 会うや否やチェンジを申告したのはアンリだ。

 その本人の言葉では、何の気休めにならないだろう。


 更に落ち込んだ様子のヘイラに、アンリは笑いながら提案する。


「君、美人になりたくはない? 勿論、魔法じゃない方法でさ」


 その言葉を聞いたヘイラは、力強くアンリを見据えた。


「いや、今度女の子を作らなくちゃいけないんだけど、美術には自信が無くてね。本番前に練習しておきたいんだよ。料金は、そうだね……二千万円──」


 ヘイラの瞳に絶望が宿る。


「──と言いたいところだけど、僕も初めてだから百円でいいかな。失敗しても絶対元には戻せるから安心してよ。さぁ、どうする?」


 ヘイラの瞳が輝きを取り戻した。

 これ以上ない好機なのだ。そのことを理解しているヘイラは、迷いなく救いの糸に飛びついた。

 先程拾ったばかりの銅貨を、アンリに手渡すのだった。



 ◆



「ヘイラさん、また指名のお客様です! お疲れのところ申し訳ないですが、2番テーブルに行ってもらってよろしいでしょうか!?」


 ヘイラは瞬く間に人気者となっていた。

 元々、器量は悪くとも客をとれる話術を持っていたのだ。

 そこに絶世の美女というステータスがつけば、人気が出ない理由はない。


「どうも、ヘイラと申します……って、アンリさん!? 久しぶりですね! エリュシオンに戻られてたんですか!?」


「やぁ、久しぶり。向こうでの用は済んだからね。ヘイラさんのお陰で上手くいったよ。ありがとうね」


「そんな、感謝するのは私のほうですよ」


 ヘイラは恩人に感謝を示す。

 ヘイラを絶世の美女にしたのは、他ならぬアンリなのだ。


 アンリは前世の記憶を参考に、整形手術を行った。

 頬骨を削り顔を小さくし、目蓋を開き目を大きくした。

 シリコン代わりのスライムを入れて鼻筋を立て、注射を打ち唇の形を変えた。

 中々思うようにいかない手術ではあったが、最終的に3Dプリンターを模倣した魔法を作成することで、お互いの望む結果が出たのであった。


「周りの反応は……聞くまでもなく良さそうだね。痛みはない? 困ったことはない?」


「大丈夫です。ちょっとだけ痛いけど、この顔のためなら全然我慢できます!」


「良かった良かった。前に渡した紙に書いてるけど、留意事項には気を付けるんだよ?」


 ヘイラは力強く頷くも、自身の不安を吐露する。


「でも……できたら名前も変えたかったです。前の男がまたこの店に来たらと思うと……とても怖いんです」


「バイタルデータと結びつかなくなるから、偽名を使うのは難しい。止めといたほうがいいよ、親にもらった大切な名前だしね。それに、君の心配は杞憂さ」


 アンリは生ハムメロンを飲み込むと小声で告げる。


「この国での悪行はすぐにばれる。鳥さん達が見ているからね。君に暴力した男は、とっくに捕まって罰を受けたさ。いや、今も受けている、かな。彼は“Y“だからね」


 鳥と言われて、ヘイラは疑問に感じていたことを思い出す。

 アフラシアデビルと呼ばれる鳥形の魔物は、その名の通りアフラシア大陸に生息することから名付けられた。


 それがなぜか、ここエリュシオンでも同じ魔物が生息しているのだ。それも、アフラシア大陸よりも多くの数が。

 かといって、魔物の名前はエリュシオンデビルとはならない。

 不思議なもんだと思いながらも、いつかの男に罰が下ったと知り、ヘイラは暗い喜びに満ちていた。




 そこからの時間は、ヘイラの人生の中でも間違いなく絶頂期だった。


 道を歩けば男達は振り返り、店につけば手厚く出迎えてくれる。

 仲の良い悪いに関わらず、男達は皆が優しくしてくれた。


(結局、男は顔しか見ていないってことよね。本当に馬鹿ばっかり)


 一つの悟りを得たヘイラに、店の新人が話しかけてきた。


「初めましてヘイラさん! 私、ヘイラさんに憧れてこの店に来たんです。私もヘイラさんみたいになりたくて!」


 ヘイラは新人を一瞥する。

 整形前のヘイラと比べたら、とても可愛いのだろう。

 だが、今のヘイラと比べるとどうだろうか。

 どこか勝ち誇った笑みを浮かべ、ヘイラは新人にアドバイスを送った。


「私みたいになりたい? うふ、面白いじゃないあなた。お金を恵んであげましょうか? 早く鏡を買って、その無謀な考えを捨てた方がいいわよ」


 固まる新人に、ヘイラは近づき耳打ちする。


「ブスは可哀想ね。自分がブスだと気づかないブスはもっと可哀想」


 憧れの人から受けた突然の仕打ちに、新人は涙を流し膝をつく。

 ヘイラはそれに構わず、お酒を口に運ぶ。


 これはヘイラにしてみれば、一つの復讐でもあった。

 自分の顔が変わる前に、散々美人に馬鹿にされてきた──ように感じたからだ。


 そして、このような嫌がらせをしても、周りの男たちは何も言わない。

 この世界はあまりにも理不尽であることに、ヘイラはやるせなさを感じる。

 それと同時に、自分が上位者であることを理解して、至上の喜びに満ちていた。


 極上の美人である自分であれば、どれほどの非道が許されるのか、ヘイラは試したかったのかもしれない。

 自分に訪れた最大限の好運に感謝し、これまでの境遇を帳消しにしたかったのかもしれない。


 兎にも角にも、ヘイラは自身の傲慢は許されて然るべきものであり、それすらも可愛いステータスであると考えていた。


 それはこうとも言う。


 ヘイラは、調子に乗っていた。

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