173 楽園を目指した女 3

「ヘイラ、次3番卓お願い。随分な重客らしいから、粗相のないようにね」


 ジャヒーから指定された場所に行き、ヘイラは職を選ぶことになった。

 選べる職のほとんどが水商売であり、少し落胆はあったが給料は高い。

 ヘイラが選べる中でも一番抵抗の少ない職を選び、働き出してから二週間程が経っていた。


「初めまして、ヘイラと申します」


 ヘイラの職は感情労働だった。

 客と話を合わせながら笑顔で頷き、相手にいい気分でお酒を飲ませるものだ。

 顧客のほぼ全てが男性であり、有体に言えばキャバクラであった。


 この店の店長からは、その顔では無理と失礼極まりない言葉を投げられたが、体を売ることには強い抵抗があったヘイラがどうしてもと勝ち取った職場だ。


(この人が重客……? 私の弟よりも年下じゃないの?)


 ヘイラは客の中で一番の権力者と思われる男を見て驚いた。

 それは、まだ成人になっていないであろう子供だったのだ。

 そのような子供が重客であることにも驚きだが、子供がここの店に来ることにも驚きだった。


 ふと、ヘイラは背中に鳥肌が立つのを感じた。

 何かと思えば、目の前の子供が舐めまわすように全身を見つめている。

 蛇のような視線を感じ身構えるヘイラだが、子供から出てきた言葉は予想外のものだった。


「チェンジ」


「……え?」


 この仕事についてから初めて受けた屈辱だった。

 ついた客と合わなかったり、失礼を働いたりした時、確かに他の女性と代わるように言われたことはある。

 しかし、席に座る前に戦力外通告を出されたのは初めてだった。


 ヘイラが控室に戻る際、子供が呟く。


「なんであんなレベルの子がこの店に……? まぁ好みは人それぞれか。それにしても、あはは、いいサンプルを見つけたかもね」


 ヘイラは頭がカッと熱くなるのを感じた。


(聞こえてんのよ! あんなレベルで悪かったわね!)


 重客らしいので何も口答えはしないが、プライドを強く抉られたのだ。


「ヘイラ、残念だったな。次、7番テーブル入って」


 黒服の店員に呼ばれ、ヘイラは次の客の席を目指す。

 その際、ヘイラは誰にも気づかれないように魔法を唱えた。


『……<一方美人ファントム・マスク>』


 そしてヘイラは席につく。


「初めまして、ヘイラと申します。本日はお楽しみください」


 そこには、先ほどチェンジを宣告された顔とは別の女がいた。

 これが、ヘイラが唯一使える魔法だ。

 幻影魔法により顔を変える魔法だが、ヘイラの技量では使いこなせてはいない。

 そのため、別の顔ではあるが、その顔は元より多少良くなった程度であり、絶世の美女とはならなかった。

 それでも自尊心が傷つけられたヘイラは、どうしてもこの魔法を使いたくなってしまったのだ。


「ノリがいいなぁヘイラ。どうだ? この後、場所を変えて二人で一杯やらねぇか?」


 魔法の効果によるものか、ヘイラにしては珍しくアフターの誘いがあった。


「ごめんなさい、私まだ働かないといけないの」


 しかし、誘いをかけた男は見るからにガサツな冒険者だった。

 高い店に頻繁に通うことはできない貧乏人と、無意識の内に見下していたヘイラは誘いを断ることにする。

 だが、断りを入れたヘイラの耳元で冒険者が囁く。


「働けると思ってんのか? お前、魔法使ってんだろ?」


 ヘイラの体は凍り付く。


「騒いでやろうか? この店は魔法で顔を変えているインチキ店だって。そしたらお前、確実に首だぜ?」


 折角ありつけた報酬のよい仕事だ。

 ヘイラは自身の生活を守るため、ガサツな男についていった。




「ひっく、やめて、やめてください」


 やはり脅されてついていっても、良い事は待っていないのだろう。

 路地裏に引きずり込まれたヘイラは、男により無理やりその体を組み伏せられる。


「うるせえよブス」


 ゴスッと音が出る程の強い力で、ヘイラはその頬を殴られた。

 暴力に耐性のないヘイラは、それだけで一切の抵抗を止めた。


「へへ、お前が悪いんだぜ? お客様を騙すからだ、そらよ!」


 あっさりと男を受け入れたヘイラの目からは涙が流れている。


(なんでこんなことに? 私が悪いの?)


 なぜよりにもよって冒険者相手に魔法を使ってしまったのか。

 なぜ自分の容姿に自信が無いのにこの職場を選んだのか。

 そもそも、なぜ自分はこの国に来たのか。

 この国は楽園ではなかったのか。


「へへ、なかなか楽しかったぜ。顔はブスだが、体はいいもん持ってるじゃねぇか」


 様々な後悔が頭をめぐる間に、男の行為は終わった。

 用が終わった男は、銅貨一枚を投げ捨て立ち去って行った。


「ひっく、ひっく……」


 ヘイラは立ち上がることができない。

 服も直さず、腕で目を覆い泣いている。


 そんなヘイラに気付き、声をかける者がいた。


「やぁ、また会ったね。どうして泣いているんだい?」


 店で会った子供、アンリである。

 それはヘイラにとって、まさしく救いの手であった。

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