172 エリュシオン教会

 ジャヒーとの会話を終えたアリアは、元の椅子に座り移民審査の光景を眺める。

 落ち着いた様子でくつろいでいるようにも見えるが、その顔は真剣そのものだ。


「あぁ、あなたは少し待っていてください」


 そして、移民審査を終えた男の一人を呼び止める。

 男は怪訝な顔をするが、教会を敵に回しては面倒くさいと、大人しく指示に従うことにした。

 隣に立つベアトリクスの存在も大きいだろう。


 そして、アリアはまた椅子に座り、移民審査の光景を眺めだした。


 2時間ほどかかり約100名の移民審査は全て終了したが、アリアが呼び止めたのは結局一人だけだった。


「最近はどんどん少なくなっていますね……残念、いえ、喜ばしいことなのでしょう」


 呟くアリアに、残された男は不満を表す。


「随分と待たされたな。この時間があれば、俺ならいくら稼げたか。詫びはしてもらえるんだろうな。それと、俺だけ残した理由も説明しろよ」


 Sランク冒険者のベアトリクスがいなくなったことにより、男は強気でアリアに詰め寄っていた。


「お時間は大切ですからね。勿論、それ相応のご対応は私から個別にさせていただきます」


 頬を桃色に染め微笑む聖女を見て、男は喉元をゴクリと鳴らす。

 こんな美人と二人っきりになれるなら、夜遅くまで待ってもいいという表情だ。

 その時、キュルキュルという何かの動物の泣き声を聞き、男は後ろを振り返る。


「それでは、まずはおやすみなさい」


 体中の血管が浮き出ている不気味な黒いキツネを見ながら、男の意識はまどろみに落ちていった。





「…………ここは?」


 男の意識は覚醒する。

 そして、自身に降りかかった異常に気付いた。


「な、なんだこりゃぁ!? おい、誰か、誰かぁぁ!!」


 男は手足を縄で縛られ地面に固定され、強制的に大の字を作らされている。

 全力で力を込めてもびくともせず、男は力での脱出を諦めた。


『わ、我が祈りを力に変えて、敵を──』


 急ぎ縄を焼くための魔法を唱えようとする。

 しかし、その詠唱は最後まで続かない。


「ぐっ!? ぅぅ……」


 首を両腕で絞められているのだ。

 首にかけられた小さな手の冷たさに驚愕し、男は目を見開く。

 そこには、昼間に見た聖女アリアの顔があった。


「ごほっ!? ごほっ!?」


 アリアが手を離したことにより、気道が解放された男は精一杯に酸素を取り込む。

 その様子を、アリアは頬を染めながら見つめていた。


「な、なんだお前! 一体、なぜこんなことをっ!」


 男はアリアを糾弾する。

 その中でも、男は頭の中で必死に脱出方法を考えていた。

 男にとって今の状況は、最悪ではあるが予測できたことなのだ。


「えぇ、ええ、怯えないでください。あなた様が悪いのです、嘘をついてしまわれたから。あなた様は、エリュシオンの住民になりたいわけではないのでしょう?」


 なぜバレたのかは予想ができないが、男は当然白を切ることにする。


「な、何を馬鹿なことを! 善良な市民にこのような無体、いくら教会といえ許されると思うなぁ!」


「いいえ、あなた様はまだ市民権を獲得していないのです。ですから今は、ただの間者になりますね」


 言いながら、アリアは男の左腕を撫でる。

 そして、その小指を斬り落とした。


「ぐぅぅぅ!?」


 男が苦痛に顔を歪めていると、気味の悪いキツネが傷口を舐めだした。


「あらあら、ヴァラハは優しいのね。でしたら、止血をお願いしていいかしら。治療ではなく止血よ?」


 アリアの命令に従い、ヴァラハは口を開けた。

 その口から出てきたのは小さな青い炎だ。


「がぁあああぁあ!!?」


 炎により男の小指は焼け焦げたが、アリアの希望通りは完了した。

 あまりの痛みに大量の汗を流し苦しむ男に、アリアは一方的に説明を始める。


「これがあなた様だけに残ってもらった理由です。あなた様は何か、よろしくない嘘をつかれていたようですので。天罰というものですかね」


 楽しそうにアリアは指を落としていき、ヴァラハは機械的に断面を焼いていく。

 男は悲鳴を上げ続け、その態度は弱々しくなっていく。


「頼むぅ……回復魔法を、ポーションをくれぇ……」


「いいえ、それは無理です。あなた様のような輩に回復魔法など勿体ない。でも、安心してください。神様は平等に、死を与えてくれますよ」


 そして両腕の指を全て落とされた時、男は意識も一緒に手放した。


 それを確認したアリアは、男の顔を跨ぎしゃがみこんだ。

 修道服を着た聖女が、男の顔の上でヤンキーのように座っている光景は、一昔前の教徒が見れば驚愕から意識を失ったかもしれない。

 だが、今この部屋には聖女と男の二人だけのため、咎める者はいなかった。

 そして、この後の行動も咎められない。


 ──ちょろちょろちょろ


 聖女アリアは、自身の尿を男の顔面に向かって放出したのだ。

 特に男に何も反応が見られないと、アリアは首を傾げる。


「あれ? アンモニアの臭いがきつけ薬になると、この前教えていただいたのですが……おしっこでは駄目なのでしょうか」


 思っていた結果とならない聖女は、腰を上げ辺りをウロウロして考え込む。

 そうすること数分、男は咳き込みながら意識を取り戻した。


「あっはぁ! 起きた、起きましたね! やっぱり効果があるのでしょうか!?」


 自分の望む通りの結果が出たことに、聖女アリアは喜び興奮する。

 一方で、地獄が夢ではなかったことを理解した男は、懇願した。


「もう……殺してくれ……」


 その口を、アリアは人差し指で塞ぎながら首を横に振る。


「大丈夫です。人間というのは、思いのほか痛みに耐性があるものです。直ぐには死なないように徐々に、徐々にと慣らしていきましょう。今日は両腕両足の指だけにしておきましょうか。明日は歯を全部折って……次の日は内臓をお尻の穴から責めましょうか……そうですね……1週間ぐらいは楽しめると思いますよ?」


 この地は決して楽園ではないと、男は身をもって知ることになったのだった。

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