171 楽園を目指した女 2
何事かとヘイラが見れば、スキンヘッドの大男が旗を地面に突き刺していた。
その男の後ろには、部下と思われる者達が3人並んでいる。
「ここは俺様の国だぁ! 文句のあるやつは前へ出ろ!」
旗を立てたら、そこが立てた者の領土となる。
それは元々ペリシュオン大陸で存在していたルールだ。
そのルールにかこつけて、エリュシオンを簒奪しようとしているのだろう。
剣を抜き、殺気を辺りにまき散らしている大男は、ヘイラにとっては恐怖の対象であった。
「おらぁ! 俺様がこの国の王だ! ひれ伏しやがれぇ!」
大男がドスを利かせている中、一人の女がゆっくりと歩き出した。
「なんだお前は! 文句があるなら俺様と──」
──ヒュン、と音がしたと思えば、大男の首が飛ぶ。
大男だけではなく、部下の三人も同時に首を飛ばされていた。
悲惨な光景にヘイラは目を背けそうになるが、それよりも注目してしまう人物がいた。
神に愛されたと思われる容姿をした獣人族。
目にも止まらぬ速さの斬撃は、紛れもない強者の証明だ。
「ま、まさか……”
ヘイラは小さく呟き、ベアトリクスの耳がピクリと動く。
「ベアトリクス様、用心棒をしていただけるのはありがたいのですが、少し軽率ではないでしょうか? そんなに簡単に殺してしまっては、勿体ないようにも思えますが」
しかし、ジャヒーが話しかけたため、ベアトリクスの視線はヘイラを捉えない。
「問題ない、わん。これはご主人様の指示だ。世紀末の馬鹿が何度も現れないように、見せしめが必要らしい。だからジャヒー、この首をどこかに晒しておく、わん」
「まぁ、アンリ様のお考えでしたか。これは失礼いたしました」
ヘイラは目を輝かせる。
Sランク冒険者の”金色のベアトリクス”。
それはヘイラの人生で初めて見た、本物の英雄だった。
そしてその英雄が用心棒をしていることから、エリュシオンへの疑念は一切吹っ飛んだ。
それは他の者達も一緒だったのだろう。
今回、体内へのマイクロチップ投入を拒む者は皆無だった。
「少し騒がしくなりましたね、失礼いたしました」
そして、ヘイラの移民審査はつつがなく終了を迎える。
最後ですと言いながら、ジャヒーが手元のカードを見た。
(あれ? あのカードって白紙じゃなかったっけ?)
そのカードにはヘイラの知らない文字が一文字描かれていた。
その文字を見たジャヒーは、苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「やっぱり……特技もお金もなく、顔も良くなければ魔力も微々たるものでは、流石に価値が認められませんか……それにしても”X”とは……”Y”や”Z”じゃないだけマシと思うべきでしょうか……」
ジャヒーの独り言を聞いたヘイラの顔に影がさす。
(本当のことだけど、随分と失礼な人……でも──)
歯に衣を着せないメイドに思うところはあるが、その表情を見ると何か良くないことが起こっているのだと直感した。
不安が募り何かを言いかけたヘイラに、ジャヒーは先に声をかける。
「あの、あなたはジュース……お好きでしょうか」
随分と予想と違う質問がきたことに、ヘイラは目を丸くしていた。
「え、えぇ、好きですよ。と言っても、あまり飲む機会は無かったですけど」
「あぁ、飲むのではなくて……いえ、なんでもありません」
何かを諦めたのか、ジャヒーは首を横に振り、書類の整理を始めた。
やっと審査が終わると思った時、遠目から様子を見ていたアリアがやってくる。
「ジャヒー様、悩んでおられるのですね。私には見えていますよ。年が近いこの女性に、自分を重ねてしまったのですか?」
聖女アリアの指摘が図星だったのか、ジャヒーは焦って否定する。
「い、いえ! そんなことは決して!」
しかし、アリアは聖母のように優しい笑みを浮かべて肯定する。
「大丈夫ですよジャヒー様。あなたの考えは決して悪いことではありません。えぇ、一度ぐらい生まれ変わりのチャンスがあってもいいと、私も思いますよ」
目の前で話している内容が分からないヘイラは、何を発言するべきかが分からず見守っていた。
「アンリ様がおっしゃっていました。このカードはまだ試作段階だと。ですので、ジャヒー様の裁量で変更してもいいのですよ? まだお若い女性の方ですから、”X”はどうかと私も思いましたし、可哀そうかもしれません。楽園を夢見て折角外国まで来たのに、一生ジュースを作ることになるなんて」
ジュースを作る仕事なら楽そうだと、ヘイラは手を上げようとした。
だが、第六感というものか。なぜか、その仕事をしたいという言葉が、どうしても喉の奥から出てこなかった。
「ありがとうございます、
アリアに礼を言うと、ジャヒーはやっと視線をヘイラに向けた。
「ヘイラ様、私の判断であなたを”O”に決定します。こちらを。この紙の場所を訪ね、仕事を探してください」
そうして、ヘイラの移民審査は終わったのだった。
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