169 転生

 タルウィールの様子がおかしい。

 そのことを相談されたアンリは、フランチェスカに抱かれたタルウィールを覗き見る。

 指で頬を突くと、キャッキャと楽しそうに笑っている。


「おかしい……ですか? 確かに頬っぺたが柔らかすぎて落ちてしまうかも、と心配するかもしれませんが、全然そんなことにはならないので安心してください。万が一落ちたら回復魔法をかけに来ますので。あぁ、餡子あんこは入っていないとシュマには予め言っておいた方がいいかもしれませんね」


 早く帰りたいアンリのいい加減な指摘を受けて、フランチェスカは頬を膨らませる。


「違うの、そうじゃないのよアンリ。私が普通の子育てをしたのは一度しかないけど、子育てってとても大変なの。でも、今のタルウィは大変じゃないのよ。とても大人しいというか、聞き分けが良いというか……とにかく良すぎるのよ」


 フランチェスカの中では、アンリとシュマの子育ては普通にカウントされていないようだった。


「聞き分けが良い? それはとてもいいことではないですか」


 話を終わらせたいアンリは笑顔を浮かべ問題は無いと言うが、ドゥルジールが指摘する。


「タルウィはまだ0歳だぞ? 0歳であんなに良い子は初めてだと、メイド達も言っていた。変な病気で無ければよいのだが……アンリ、何か心当たりがないか? お前の魔法で無理やり妊娠させたので、その弊害がないか心配でな」


 いまいち両親の心配が理解できないアンリは、雑なアイディアを提供することにした。


「でしたら父上、一度タルウィを殺して復活させてみましょうか。よく分からないエラーが出たときは、大体は再起動で直るものですよ」


 それに驚愕したのはドゥルジールとフランチェスカ、そしてタルウィールだ。

 それをアンリは見逃さなかった。


「あれ? タルウィ、もしかして言葉通じてる? 再起動されたくなかったら右手を上げてみて?」


 アンリの言葉のままに、タルウィールは勢いよく右手を上げた。

 ドゥルジールとフランチェスカは、再度驚愕する。


「あはは、成程。魂をそのまま定着させたけど、記憶は引き継ぐんだ。舌足らずで喋れはしないけど……それでも良かったねタルウィ、強くてニューゲームだよ」


 聞き分けが良いはずだ。

 見た目は0歳だが、元は5歳なのだ。

 アンリの発言からそのことを知ったドゥルジールは、またも頭を抱える。


「それは……問題ないのか? 5歳の記憶を引き継いだ0歳など、異端ではないのか?」


 その言葉を聞いたフランチェスカは慌ただしくなってきた


「い、異端審問にかけられるかしら!? ふ、普通じゃないものね……なんとか隠さないと……」


 30歳を超えて記憶を引き継いだアンリからすれば、目の前の両親が何を慌てているのか全く理解ができなかった。

 5歳などまだまだ子供であり、特に問題は無いと感じたのだ。

 そして、この事実はアンリにとって喜ばしいものだった。


(別の個体になっても魂が元のままなら記憶を引き継ぐ……本物の転生だ! 寿命はどうだ? 流石に元のままとは思うけど試したい……今一番年寄りの奴隷は70歳ぐらいだったかな……)


 アンリはこれから始まる研究に想いを馳せる。

 そしてその思いは、短期的な実験の欲にも駆られた。


「父上、好機です! タルウィの神童好機です! 激熱です! 0歳の今から魔法刻印を刻めば、シュマ以上の魔力量を持った神童が完成するかもしれません!」


 いきなり興奮して大声を上げだしたアンリを、ドゥルジールは少し怯えながら否定する。


「あ、あれはもうしないと約束しただろう! タルウィの美しい金髪が、色を失くしてしまうのは……いや、何より激痛が伴うのであろう!? 我が子にそんな真似は流石に……」


 雰囲気から自身の危険を悟ったタルウィは、大声を上げて泣き出した。

 久々に泣く姿を見て、フランチェスカはホッとしながらもアンリを諭す。


「アンリ、神童とは作るものではないわ。タルウィにはタルウィの幸せがあるの。私達はそれを暖かく見守りましょう」


 フランチェスカが自分の味方だと知ったタルウィは、その握力を自身の限界まで高めて服を掴んでいる。

 両親に反対されたアンリは少し寂しそうだ。


「折角の機会なのになぁ……まぁいいか。フォルテからも頼まれてるし、別に英才教育方法を探そうかな」


 一先ずの用事は済んだと判断したアンリは、エリュシオンに戻ることにした。

 アンリの部屋とエリュシオンは時空扉魔法により、簡単に行き来ができるのだ。


「アンリ、帰るのか? 最近は学院にあまり行ってないのだろう? お前の成績なら留年は無いとは思うが、学生の本分は勉学だということを忘れるなよ。それで、お前はこれから何をするのだ?」


 ドゥルジールの質問に、アンリは考えながら答える。


「バアルのために人を作ろうと思っています。ですが、美術の成績は悪かったので、練習台でも探そうかなぁと。日常生活での支障とかも聞きたいですからね。あぁ、誰か手頃な人はいないかなぁ……やっぱりアフラシアよりエリュシオンのほうが自由にやれそうだなぁ」


 答えた内容の意味は深く理解できないが、両親はアンリを心配する。


「体に気を付けてねアンリ。ペリシュオン……ではなく、エリュシオンの噂は私も聞いたことがあるわ。なんでも、楽園と呼ばれているんですってね」


「楽園……か。ふん、馬鹿な話だが、そこまでかかった期待を裏切らぬよう精進しなさい」


 しかし、アンリは何も心配いらないとばかりに笑って見せた。


「あはは、噂が届いているようで何よりです。大丈夫、だってあそこは、本当に楽園ですからね」 

 

 そしてアンリはエリュシオンに戻っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る