163 執行

 魔族の住処となっていた元グゼンデに、多くの者が集まっていた。

 単純な人数も勿論だが、集まった立場の数も多い。


「殺せぇぇ! 首を落とせぇぇ!」

「魔族に報いを! 兄弟の仇だぁぁ!」


 一番数が多いのは、魔族と戦争をしていたペリシュオン大陸の者達だ。

 人間、エルフ、獣人族など種族は様々だが、皆が共通して憎悪のこもった眼差しをしている。


「魔王様……なんとお痛わしい……」

「私たちは負けたのか……」


 次いで多いのは、この場所を住処にしていた魔族達だ。

 魔族の子供達はすでにアンリの手に渡り、一時的にではあるが魔法学院パンヴェニオンの地下に収容されている。

 そのため、この場にいるのは大人の魔族のみだった。

 皆、一様に角を折られており、陰惨な表情を浮かべている。


「あはは、勝者と敗者って感じだね。今となってはペリシュオンのみんなの方が元気だ。魔族の方は……何というか、生きることを諦めてるみたいだよ」


 最後に、魔族を制圧したアンリ達。

 使い魔を含んだパーティーメンバーが揃っているが、二桁にも及ばない小規模なものだ。

 しかしそれで十分。赤いスライムを見ただけで、魔族の中から反旗を翻す者は皆無になるのだから。


「それほどアジ・ダハーカ様は我ら魔族にとっての絶望だったのだ……頼む、我らの種の存続だけは──」


「あぁ、分かってるよ。魔族を絶滅なんてしないし、させないさ。それは安心してほしい。誓ってもいいよ……誰に誓うべきかな? あはは、魔界で神様をしてたダハーグにでも誓ってみる?」


 アンリは、足元から聞こえてきた声に答えた。

 そこには、魔王ジャイターンが這いつくばっている。

 両腕を後ろに縛られ、頭を地面についた存在は、とても魔族の王としての威厳を感じさせなかった。


 今から始まるのは、魔王の処刑だ。

 いくら魔族側が降伏し、アンリがそれを受け入れたとしても、それで終わりでは人間側が納得しない。

 そのため、責任を取る者が必要だ。

 魔王は、自らの命と引き換えに、残りの魔族の命を救おうとしたのだ。

 それは義理や人情といったものではなく、種を存続させたいという使命感からくるものだった。


「…………」


 アンリが約束を守るのか若干の不安を募らせた魔王に、聖女は伏し目がちに声をかける。


「大丈夫です、魔王ジャイターン。この瞳で見えました。アンリ様が貴方との約束を違えることはありません……どうか、ご安心を」


「あはは、処刑の事、アリアは反対だったのかな?」


「いいえ……悲しいことですが、仕方ありませんから……」


 いくら聖女といえど、魔王ジャイターンが命を落とす必要性を理解している。

 ならばせめて、少しでも魔王に安らかに逝ってもらうための配慮に尽くしていた。


「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」


 もう待てないと、ペリシュオン勢力から野蛮なコールが沸き起こる。


「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」


 一気に狂気的な場となったことに、聖女アリアは頭を抱える。

 ペリシュオンの人間を視れば分かってしまうのだ。

 彼らが叫んでいることが、本心からの願いだということを。


「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」


 アンリもそろそろ潮時だと思ったのだろう。

 用意していたギロチン台を準備しつつ、魔王ジャイターンに話しかける。


「さぁ、最期だ。化けて出られたくないからね。もし身内に何か言い残したことがあったら、今のうちに伝えておくといいさ」


 魔王ジャイターンはアンリの後ろに目を向ける。

 そこには、首輪を繋がれた娘のヤールヤがいた。


 ジャイターンは、父としてかけたい言葉はいくつもあった。

 しかし、彼はヤールヤからの視線を振り切ると、意気消沈している魔族の衆を見据える。

 彼は父である前に、魔王なのだ。

 ならば、最期の言葉は魔族の民に使うべきだ。


「聞け! 我が部下たちよ!」


 その大声に、全員が魔王ジャイターンに注目した。


「我らは──」






 ──ズンッッ──






「──こうせ、に……」





 そして見た。

 宙に飛んだ魔王の首を。

 地べたに転がり、動きを止めた魔王の首を。


「あは、あはは」


 魔族の理解が遅れている中、アンリは笑いを堪えきれずに声を上げる。

 その手には、青い返り血を浴びた漆黒の剣が握られていた。


「あははははは! ごめん、ごめんよジャイターン! どうしても漆黒の剣これを試したかったんだ! そっちの特注のギロチンなら首を落とせると確信してたけど、戦いで漆黒の剣これを試すことを忘れちゃってたから! つい、ついやっちゃった! あははははは!!」


 アンリが握っている漆黒の剣もまた特注の物だった。

 黒魔鉱石をふんだんに使い、貴重な魔石と自身の骨を組み込んだ剣は、この世で一本のオリジナル。

 効果は単純なもので、魔力を込めれば込める程、重さと切れ味が上がるという剣だ。

 剣が壊れない程度にではあるがアンリが本気で魔力を注いだ時、果たして魔王に通用するのか、どうしても気になっての行動だった。


 結果はアンリの望ましい形となって表れた。

 ジャイターンが気を抜いていたというのもあるが、あれ程強靭だった体が、まるで豆腐のように斬れたのだ。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

死ノ神タナトス!」

死ノ神タナトス万歳!!」


 魔王が死に、更に熱狂し声高々に喜ぶ人間。

 絶対的な存在であった王を失い、項垂れる魔族達。

 転がった魔王の首を見つめ、放心するヤールヤ。


「アンリ様……」


 何かを言いたそうなアリアを無視して、アンリは魔法の原典アヴェスターグを捲る。


「さぁ、そろそろ始めようか。この為に準備してきたんだからね。あぁ、みんな、危険だからこの台座の外には行かないようにね」


 アンリは自身の身内に声をかけ、魔法を唱える。



『<冥府の感謝祭ハーデース・ジャシャン>』



 突如、黒い炎が現れた。


 それが、魔族たちの、人間達の、ペリシュオンに住む全ての者たちが見た最期の光景だった。

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